14

 意識が戻る。


 ああ、またこの感覚だ。何だか随分と長い時間眠り続けていたような感覚。意識がひどく深いところから浮上して、薄い膜のような、靄のようなものに包まれている感覚。

 でも、どうして私はこの感覚を、まただ、などと感じることが出来るのだろう。

 果たして、私がこの感覚と初めて出会ったのはいつだっただろうか。


「ヒバリさん」と声が聞こえる。次第に意識がはっきりと私の元におさまるようで、私は聞こえて来るこの声を知っている。


「ネウロ君、パウラちゃん」


 瞳を開くと、そこには小さな体に頭からは長く垂れた耳のようなものを生やすNIと、か弱そうな美しい人間の少女が一人いた。

 私はこの二人を知っている。ここ数日、私の手伝いをしてくれた二人だ。

 そう、手伝い。でも、一体私はこの二人に何を手伝ってもらっていたのだろうか。


「新しい体には、無事乗り換えられたみたいですね」


 そうだ。私はこの二人に新しい体を作ることを手伝ってもらったのだった。

 立ち上がる。腕を動かす。足を動かす。


「うん、大丈夫」


 視界には薄っすらと茜色に染まった地平線。空もほんのりと赤みを帯びている。


「翼は動かせそうですか?」

「翼?」


 確かに、私の新しい体には翼が生えている。鉄の、大きな翼。

 一体、どうしてこんなものが私の体に生えているのだろうか。

 ああ、何かとても大切なことを忘れてしまったのかもしれない。感情は一切澱みを知らないけれど、その深いところで何かが悲し気に揺らいでいる。


「私は」


 私は、どうしてこんなところにいるのだろう。

 私は、どこを目指していたのだろうか。

 私は、何をしたかったのだったか。

 地面に横たわる古い体。


 かつての私の体。長い脚はボロボロで、体だってよく見れば所々に大きなへこみや傷が残っている。とても、傷ついている。


「…………私は」


 不意に、ネウロが私に一通の古ぼけた手紙を手渡す。

 私は、この手紙のことを覚えている。

 でも、誰からの手紙だったかは思い出せない。


「ダメだな、誰からの手紙だったかな」


 そんなことを呟いてしまう自分自身が悲しかった。

 これは、手放してはいけないものだと思った。

 ここに、私がいるような気がした。

 この手紙を読めば、きっと私は大切な私を取り戻せると思った。

 だから私は、その手紙を開いた。


/----------------------------------------------------------------------------------------------/ 

 誕生日おめでとう。

 いつも寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。

 私も、空の上からいつもヒバリのことを思ってます。

 今日はみんな一緒です。

 一緒に楽しい思い出を作りましょう。

 愛しています。

 母より

/----------------------------------------------------------------------------------------------/

 誕生日おめでとう。

 仕事ばかりであまり一緒に居られないことを、本当にすまない。

 でも、空の上からいつもヒバリのことを思っているよ。

 今日はうんと、一緒に過ごそう。

 愛しています。

 父より

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 私は、寂しかった。

 でも大丈夫。

 お母さんとお父さんは、あの自由な空で私を忘れずにいてくれていると知っているから。

 だから、寂しいかもしれないけれど空を見て。

/----------------------------------------------------------------------------------------------/


 母と父からのメッセージ。とても古ぼけて、擦れた文字。

 一方で、最後のメッセージは真新しい。


「……」


 私は空を見上げた。


「あの日は、とても幸せな日になるはずだったのさ」


 もう何も思い出せないけれど、そういう日があるはずだった。そして私は、きっとその日を追いかけ続けて来たのだ。あの自由な空へと飛び立って、誰にも邪魔されずに、飛んで行きたかった。

 本当は寂しかった。空を見上げて、どうして私はあそこへ行けないのだろうかと、ずっと寂しかった。


 駆け出す。

 飛び立つ。

 永遠だなんて望まない。

 でもせめて、ほんの一刻で構わない。

 駆け寄る私を抱きしめてほしい。


「…………」


 鉄の翼を羽ばたかせる。

 黄昏時だ。

 もうじきお別れのチャイムが響く。

 それでも夕日は優しく包み込んでくれて。

 私はきっと笑って手を振ることが出来るだろう。

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