13

「今日はよろしく頼むよ」


 翌日。

 まだ陽も出来っていない時分。

 天気は晴れ。

 作業室で眠る鉄の翼が生えた機械の体。


「ネウロ君とパウラちゃんと出会ったあの荒野で飛び立つ。だから、ひとまずこの新しい体をそこまで運ぶのを手伝ってほしい」

「わかりました」


 ヒバリの家から新しい機械の体を外に運び出し、それから自動三輪車の荷台に載せ、僕等は街を出て荒野へと向かう。


「あの街で体を乗り換えて空を目指しても良いんだろうけどね、やっぱり挑戦するのならあの場所でしたいのさ。もうずっとそうしてきたからね。だから本当に助かったよ、もしも私一人だけだったら、あの場所にこの新しい体を運ぶだけで随分と時間がかかるだろうからさ」


 ヒバリの声が荷台の方から聞こえて来る。チラリとそちらに目を向ければ、ちょうどヒバリが新しい機械の体に生えた翼を撫でているところだった。


「空、飛べると良いね」


 パウラがそう言うと、ヒバリは「そうだね。うん、今度こそ飛べるさ」と答え、空を見上げるのだった。

 それから街を出て自動三輪車を走らせること暫く。次第に岩肌が露出した崖がいくつか姿を見せ始める。出来る限り速度を出したこともあって、陽が暮れる前にはたどり着くことが出来そうで、僕等は周囲にある崖の内、一番高い崖を目指した。目指し、崖の頂上手前まで自動三輪車で上り、それからは自動三輪車を下りてヒバリの新しい体を持って頂上に向かった。


「うん、とてもいい天気だ」


 幾何か太陽が地上に近づいているものの、頭上には未だ雲一つない青空が広がっている。

 正面には荒れ果てた地平線。振り返れば朧気にヒバリが暮らしている街が見える。

 そして、崖の上に一人のNIの姿がある。

 ヒバリは今、何を思っているのだろうか。

 きっと、僕が思いやるよりもより深く、歪で、薄暗くなってしまうほどの色が混ざっているのだろう。

 本当に、ヒバリはとても長い時間をかけてここまで来たはずだ。

 考えて、挑んで、失敗して。

 それでも考えて、もう一度挑んで、失敗して。

 何度も何度も繰り返して、時にどうしてこんなことをしているのかその理由を見失ったとしても、それでも諦めることはせずに挑み続けて。

 望んでNIになった訳ではない。ある日目を覚ました時、自分が今までの自分ではないことを知り、両親はもうどこにもいないことを知り、唐突に途方に暮れる程の時間を得て、それでも、そこから這い上がるように空を目指し続けて、そうやって辿り着いた場所にヒバリは今立っている。


「ヒバリさん」空を見上げたまま、しばらくジッと立ち尽くすヒバリに声をかける。ヒバリは「大丈夫、始めよう。この体ともおさらばさ」と言って瞳を細めるのだった。

 それからヒバリは何も言わずに体を換える準備を始めた。準備と言っても自身の体と新しい体を三本のケーブルで繋ぐだけだ。準備はすぐに終わり、ヒバリは新しい体に寄り添うように長い足を折りたたんで地面に座り、そうしてポツリと「体を換えるの、やっぱり少し怖いんだよね」と呟くのだった。


「体を換えて次に意識が戻った時、もし私にとって大切な記憶が無くなっていたらどうしようってどうしても考えちゃうんだ。お父さん、お母さんとの記憶が無くなってしまうんじゃあないかって、不安になる」


 NIであれば、きっと誰もが抱くであろう恐怖と不安。以前ヒバリが言っていた

「誰かと分かち合った記憶が幸福なものだと思えたのなら、それは産まれ落ちた理由としては充分なのさ」という言葉を思い出す。

 だから僕は「少なくとも、空を目指し続けるヒバリさんのことを僕はまだ覚えています」と伝える。僕に続く様にパウラも「私も覚えてる」と言うと、ヒバリは「ありがとう」と少しだけ声を震わせるのだった。


「これ、少しの間預かってもらえないかな」


 そう言ってヒバリが取り出したのは、ドクターから受け取ってヒバリに渡したあの古ぼけた手紙、メッセージだ。


「もしも次に私が目を覚ました時に空を飛ぼうとしなかったら、この手紙を私に渡してほしい」

「分かりました」


 僕は確かにヒバリからメッセージを受け取る。


「ありがとう。それじゃあ、始めるよ」


 ヒバリは最後に一度空を見上げる。

 そして、その瞳から光が消えた。

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