12
「ありがとう」
ヒバリの家の作業場に戻った僕等は、ドクターから受け取ったメッセージをヒバリに渡す。
ヒバリは僕等から受け取ったメッセージを読むことはせずに机の引き出しに仕舞い、それから改めて僕等に視線を向けると、「うん、これで全部だね。本当にありがとう」と頭を下げるのだった。
「ネウロ君とパウラちゃんのおかげで、新しい体は今日中にでも完成しそうだ。早ければ明日にでも空を飛べるかもしれないよ」
変わらない口調。でも何だか、そんなヒバリの様子が物寂しいものに僕の目には映ってしまう。きっと、ドクターから話を聞いた所為だ。
僕には僕の記憶があるように、ヒバリにはヒバリの記憶がある。僕等NIが今日まで生きて来た時間は膨大で、その全てを誰かに語ることなど出来やしないだろう。結局のところ、僕はヒバリがどんな日々を過ごして、どんな思いを抱いて、どんな記憶を手放しながらも空を目指して来たのか、その一欠けらほども知ることは出来ない。ただ知っているのは、ヒバリと過ごしたこの数日という瞬きほどの時間でしかない。
だから、僕は何一つとしてヒバリに尋ねることは出来なかった。パウラもただ「ドクターが言ってた。空、飛べると良いなって」と言うだけで、あのメッセージと呼ぶ手紙の事も、ヒバリの両親の事も、ヒバリ自身の事も、何一つとして尋ねることはしなかった。
「そっか。うん、そうだね。大丈夫、飛べるさ」
それからヒバリは「さあ、二人はもう休んでよ」と言うものだから、僕等はそのまま寝室へと向かった。寝室でパウラの食事を済ませた後、パウラをベッドに寝かせて、僕はと言えば今の内に明日のことをヒバリに確認しておこうと思い、パウラが穏やかな寝息を立てているところを静かに寝室を出て、おそらくまだヒバリは作業場にいるだろうと思いそちらへと向かったのだ。
案の定、ヒバリはまだ作業場にいた。
しかし、僕は結局作業場にいるヒバリに声をかけることは出来なかった。
ヒバリは一人、メッセージの封を開け、手紙を読んでいた。だから、僕はそのヒバリの後ろ姿に何一つとして声をかけることが出来ず、結局寝室へと引き返した。
寝室に戻って、意識を閉ざす。
その間際に思い浮かぶのは、ドクターが今日話してくれたことだ。
考えてみればそうであろう。
必ずしも皆が望んでNIになったという訳ではない。
自ら生き続けたいと願ってNIになったという訳ではない。
自らの思いは叶わずに、望まぬ方へ行くことになってしまった人を、僕は知っているのではなかったか。
「…………」
忘れてしまった何かが僕の手の内に。
それはある日の雪のように溶けて、僕の意識は閉じていった。
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