6

 三日後。

 山頂。

 この星で一番高い場所。

 半球型の白い建物。

 記憶集約所。

 僕はロロに抱えられてその建物の中へと入る。外見は山脈の岩肌に積もった雪と同化するように真っ白なのに、内側は外の様子がくっきりと見える程に透明で、空も、地平も、何もかもが見渡せた。

 建物の中は随分と簡素だった。

 中央に小さなコンソールが一つだけ。それ以外には何もない。

 ロロは僕をそっと下ろし、コンソールの前に立って操作を始める。

 僕等を囲う透明な壁面が灰色へと濁っていく。薄暗くなった建物の中で、僕等の前方に大きな長方形をした光の壁が浮かび上がり、文字が表示される。


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 Welcome to earth.

 Select your language.

 こんにちは。

 ようこそ記憶集約所へ。

 参照。

 記憶について。

 投影 or リカバリー?


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 ロロが僕を見る。それから、コンソールの左隣を指さす。どうやらそこへ行けということのようで、僕は移動し、「リカバリーをお願いします」とロロに告げる。

 ロロは僕がコンソールの左隣にまで移動したことを確認した後、コンソールを叩くのだった。


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 natural intelligenceを確認。

 ID識別中。

 ID 0101508010。

 記憶領域を確認。

 空記憶容量を算出。

 全ての記憶をリカバリーするためには容量が不足しています。

 所有する記憶をすべて消去し、リカバリーを実行しますか? [y/n]


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 所有する記憶をすべて消去し、リカバリーを実行しますか?

 それは、


 これまでのことをなかったことにして、かつての僕を取り戻しますか? 


 という問いに僕には映った。

 僕は、ネウロとして生きた日々を僕の中に留めておくことに決めていた。

 この星の向こうで、この記憶を共有している人がいる。

 その間にネウロがいる。

 だから、僕の中からそれを消すわけにはいかなかった。


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 ID 0101508010。

 記憶残量を算出。

 保存されている記憶のうち、優先度順にリカバリー可能な記憶を算出。

 エピソード数、全二十四。

 警告。

 リカバリーを実行した場合、ID 0101508010の記憶容量が危険域に達します。

 リカバリーを実行しますか? [y/n]


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 yes.

 一日だけ。

 僕を振り返る時があればそれでいい。

 もう、途方もないほど長い時間を生きた。

 考えることをやめてしまうほどに。

 僕の名前を忘れてしまうほどに。

 理解するまでに随分とかかった。


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 about memory.

 start recovery.

 ID 0101508010/柳アキ


/*――――――――――――――――――――――――――――――――――――*/


 視界が閉じる。

 意識が閉じる。

 光がやって来る。

 おかえりなさい。

 そして、さようなら。

 僕は幸福でした。

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