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僕等に与えられた役割というのは、ずっと昔に人が社会を動かし続けるために行っていた仕事と呼ばれるそれと良く似ていると、昔出会ったNIが話していた。
望んで仕事をする人もいれば、自身の意思とのズレを誤魔化す様に仕事をし続ける人がいた。大抵の人は生きるために仕事をして、そのNIはいつからか仕事のために生きているのだと思う様になったのだと話していた。
僕等が与えられた役割もそれと同じようなものだ。ただ、ずっと昔の仕事というのは、その気になればいつだって辞めることも変えることも出来たというし、仕事に従事する期間だって定められていたのだという。そういう面では、僕等が与えられる役割の方がある意味残酷なのかもしれない。途方もない時間、僕等はその与えられた役割をやり続けなければならないし、変えることも出来ない。終わりがあるとすれば、たとえばその役割がどうしたって果たせなくなってしまうような状況に陥るだとか、その役割を果たしたところで意味をなさなくなってしまっただとか、あるいは自ら死を望み、実際に死んでしまった時だろう。
僕は一体、これまでどれほどの人たちの記憶をこの場所に送り届けて来たのだろうなと、ロロに抱きかかえられ、ある場所に連れて行かれながらそんなことを思う。果たしてそうやって送り届けて来た記憶の持ち主はどんな顔をしていただろうか。
「……ここが、その場所ですか?」
ロロは頷く。
まるで、ずっと昔にあった墓場のようだ。山の斜面に沿って墓石のように文字のような模様が刻まれたあの板がどこまでも連なっている。
記憶集約所に関する文章を読み、僕は文化や言語、歴史、記憶がどのような形で保存されているのかを知った。答えは今まさに僕が見ているあの模様が刻まれた墓石のような板だ。あの板一つ一つに人類にとって大切なものが詰め込まれている。そしてロロの役割は、この星中からallの各施設に集められる形のない価値あるものをあのように板へ刻み付けるなのだという話だった。
ロロはこの場所に辿り着くや否や僕をそっと下ろして少し歩き、それから地面に座り込んだかと思うと、手を器用に使って板に文字のようなものを刻み付け始める。
ここには僕とロロ以外に誰もいない。本当に、この星の果てのような場所だ。
風が吹く音と、ジジ、というロロが板に価値あるものを刻み付ける音が酷く物寂しくて、でも相応しい光景だと丸くなったロロの背中を見て思った。
ロロは、今やっている作業が終わった後に僕を記憶集約所へ案内してくれるという。何でもその作業はあと二、三日はかかるという話らしく、僕はここに来るまでの間、その二、三日何をして過ごそうかと考えていたが、それもすぐに思いついた。
「ロロさん。ここにある記録を僕が自由に見ても大丈夫ですか?」
せっかくなのだから、人類にとって形のない価値あるものというのを見てやろうと思った。
僕が尋ねると、ロロは作業を止めて顔だけを僕に向け、そうしてコクリと頷く。
「ありがとうございます」
文化。
言語。
歴史。
記憶。
それが、ロロが途方もない時間を費やして作り続け残したもの。きっと、ロロの作業が終わるまでの間にここにあるすべての記録を見ることは出来ないだろう。
僕は記録の一つに触れる。
小屋で見たものと同じように、青白い光が瞬いて、それが塊となって宙に浮く。そうして、その光に記録が映し出される。
記録の形は様々だった。たとえばこの星のどこかで栄えた文明で歌われた歌であれば音。言語であれば文書。この星で繰り返されてきた出来事は当時の映像や文書、写真。記録のスケールも様々で、世界に関わる様な大きな出来事から、小さな町の些細な出来事まで、ありとあらゆる人というものが、そこには刻み付けられていた。
僕の知っているようなものから僕の知らないものまで。
けれど、確かに分かるのはこの星にもかつてこんな日々があったのだという事。
僕は眠ることなく記録を漁った。
墓暴きみたいに漁った。
そして、誰かの記憶を目にした。
不思議なことに、人の記憶は映像だけが浮かび上がるだけで、音は一切流れなかった。
大きな街で、本気でこの星を救おうと研究に没頭する人の記憶。
残された時間を大切な人と過ごすことに決めた人の記憶。
絶望し、一人孤独に死んでいった人の記憶。
機械の体になろうとも、諦めずに夢を追いかけ続けた人の記憶。
きっと、ここには僕が送り届けた記憶も眠っている。
きっと、ここには僕が捨ててしまった記憶も眠っている。
この星の記録の一部として、ここで眠っている。
「……」
どこか懐かしい、校舎の屋上。
日々を過ごす都市が眼下に広がる。
透明なガラスに身を預けて、どこか遠い眼をした少女がいた。
まるで少女は、宙に浮いているようだった。
少女と何か話をしているらしい。
少女は背中を向けて、それからガラスの向こう側にある巨大な宇宙船を指さす。
音は聞こえない。でも不思議と、その少女がそれを見て何を言ったのかは分かるような気がした。
『単なる鉄屑にしか見えないわよね』
しばらくそれを一緒に見つめて、いつしか少女は横を通り過ぎ去って行く。
その瞳に涙を浮かべていた少女の横顔を最後に光は消えていく。
「…………」
ああ、ここは確かに人類の果てだ。
どうやら、僕の役割は人を果てへと導くためのものだったらしい。
とても残酷なことをした。
果てへ行くことを望んでなどいないのに、僕はいつの日かそれを生き続ける理由にし、考えることをやめた。
彼女との約束を果たすため。その一端を知りたいがために僕は選んだ。でも結局、こんなにも長い時間生き続けたというのに僕は約束を果たすことが出来なかった。
いや、存外そうではないのかもしれない。
パウラとの日々と、もうほとんどを失ってしまった約束を交わした人との日々の面影。
せめて、パウラとの約束だけは果たしたい。僕を取り戻すという約束を。
それが、もしかしたら彼女との約束を果たすことにもなるのかもしれないと、そんなことを思う。
こんなに長い時間を生きてきて、今更そんなことに気が付くだなんて僕はどうしようもない。
でも、気が付かなかったおかげでパウラと出会えたのだとしたら、それも悪くないと思う僕がいる。
それがきっと答えなのだと、約束を忘れてもなお、そう思った。
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