4

 意識が戻る。

 瞳を開けて、視界に映り込んできたのは見覚えのない天井だった。

 薄暗い天井。丸太がいくつも連なっている。

 体を起こして周囲を見るに、どうやらここは木材で出来た小屋の中のようだった。


「あなたは……?」


 小屋の隅っこに見知らぬ機械仕掛けの何かが小さくなって床に座り込んでいる。

 大きな機械の体だ。きっと、立てば二m以上はあるだろう。人型をしていて、特徴的なのがその細長い腕と脚。細長い腕は円錐型の胴体に巻きつき、長い脚は器用にたたまれている。


「あなたが僕をここに運んできてくれたのですか?」


 僕がそう尋ねると、それは顔を持ち上げ白い瞳を灯し、それからコクリと頷くのだった。


「そうですか、ありがとうございます。助かりました。あなたはNIですか?」


 機械仕掛けのそれは再びコクリと頷く。

 次に僕は「名前は何というのですか?」と尋ねる。すると、それは名前を名乗る代わりに立ち上がって僕の近くまでやって来て、それからその細長い腕をたらりと床に落とし、指先を動かし始めるのだった。

 どうやら床に文字を書いているらしい。もしかしたら、このNIは話すことが出来ないのかもしれない。


「ロ、ロ。あなたはロロというのですか?」


 ロロ。それがこのNIの名前のようだ。ロロは僕の言葉に大きく頷く。


「ロロさんは声を出すことが出来ないのですか?」


 ロロは頷く。


「あなたは、こんなところで何をしているのですか?」と、僕はそう口にしようとしたところで言葉を飲み込む。このNIは声を出せないのだから、「はい」か「いいえ」で答えられるような質問をしなければならないだろう。

 ロロがNIなのだというのなら、きっとロロにも与えられた役割があるはずで、この山脈でNIが何かをしなければならないものがあるのだとしたら、allという人類史を残すための施設に関することくらいだろう。であるのなら、ロロの役割はそのallに関係する何かだ。それ以外に、こんな山脈で生き続ける理由など僕には見当がつかない。


「この山脈に、ロロ以外のNIはいますか」


 ロロは首を振る。


「ロロさんの役割は、allという施設に関係するものですか?」


 ロロは頷く。


「ではその役割は、allという施設の内、記憶集約所というものに関わるものですか?」


 ロロは少し間を置いて、ぎこちなく頷く。


「僕は、自分の記憶を取り戻すためにここに来ました」


 僕を記憶集約所へ案内してもらうことは出来るかと問うと、ロロは頷いた。

 次に、一度記憶集約所へ送った記憶を再び自分のものにすることは出来るかと問うと、今度はロロは何も顔を動かさず、ジッと僕のことを見つめ、それからロロはその長い手を床と平行になるように伸ばして「ここで待て」と言う様に上下にゆったりと動かし立ち上がり、この小屋から出て行くのだった。

 誰もいなくなった小屋。窓のようなものもないため薄暗く、今が昼なのか夜なのかも分からない。


 どれくらい時間が経ったか、しばらくしてガタガタと音を立てて小屋の扉が開き、身を屈めてロロが戻って来る。そのロロの背後は真っ暗で、どうやら今は夜らしい。

 戻ってきたロロは手に何かを持っていて、それは一見して石板のような長方形をした板だった。大きさはちょうど僕の今の小さな体と同じくらいだろうか。

 ロロは僕の目の前にその板を置く。その板には何かが刻まれている。文字の様にも見えるけれど、僕にはそれが何を示しているのか分からない。

 ロロは僕に「その板に触れてみろ」と言う様に長い腕を板に向けて伸ばす。

 僕はロロが示した通り、その板に触れた。

 パッと、その板から青白い光が灯る。かと思えば、その板の上で青白い光の塊が浮かび上がって、この薄暗い小屋を微かに灯した。


「これは」


 光の塊の中に、文字が浮かび上がる。


「記憶集約所に関する文書、ですか?」


 ロロは頷く。

 ロロが頷くのを見て、僕は浮かび上がった文章を読み進める。

 そして、僕はどことなく理解した。

 一度記憶集約所へ送った記憶を再び自分のものにすることは出来るかという僕の問いに対し、ロロが何も反応してくれなかった理由を。

 考えてみれば、それは当たり前のことだったのだ。

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