記憶の居場所
1
自動三輪車のナビゲーションが目的地として示した都市や街は、今やその大半が死んでしまっていた。
パウラと出会った街を出発してからというもの、ナビゲーションに従って進んできた僕達であったが、辿り着いた場所と言えば鬱蒼としたコンクリートと樹木のジャングルか、あるいは先の見えない水平線を望める海岸ばかりであった。
パウラは「また外れ」と小さな声を漏らすが、僕にしてみればこれが当たり前だ。NIがいる都市や街に辿り着けるのは今や稀なことで、その都市や街の機能が一部でも生きている場所というはさらに稀だ。定住していた街を離れ、役割を果たすためにNIを求め彷徨うようになってからというもの、そういう所謂まだ生きた街に辿り着いた回数など、片手で足りる程度しかない。今はもう、そう簡単に人がいる都市や街にはたどり着けない。
これまでと同様、僕一人で彷徨っているのであればそれでも構わなかった。なかなか生きた都市や街に辿り着けなくとも焦りや不安なんてものは湧き上がらない。時間なんて持て余すほどあるのだから。
でも今は違う。今はパウラが一緒にいる。彼女の時間は有限だ。
彼女には食べ物が必要だ。飲み水だって必要だ。
ふと後ろの荷台に目をやる。今はもう荷台に沢山積んであった保存食も五日程度にまで減っている。この辺りで食料を調達しないと心もとない量だ。
「大丈夫だよ。保存食が無くなったら木の実とか、そういうのを集めればどうにかなるよ」とパウラは自身は言うが、僕の方と言えば久方ぶりに焦りや不安といった感情に苛まれていた。
『目的地に到着しました』
これで何回目かのアナウンス。少なくとも、何か保存食があるか、あるいは静かに体を休ませることの出来る場所があってほしい。そう願いながら自動三輪車を降りる。
しかし、どうにもその願いは今回も叶わないらしいかった。
「何もありませんね」
僕達の前に現れたのは三、四キロ四方のコンクリートのようなもので出来た更地。雑草や樹木がどこにも生えていない、不自然なほど綺麗な更地だった。たとえ地面がコンクリートで覆われていようとも、雑草や樹木はひび割れた隙間からどこからともなく根を生やし生い茂るものだけれど、それがどこにも見当たらない。
こんな場所は僕も初めて目にする。珍しい場所であるのは確かだけれど、しかしどちらにしろ保存食や体を休めることが出来る場所がここにはなさそうだ。
また外れ。こんな調子で、本当にこの星のどこかにある記憶集約所に辿り着くことが出来るのだろうか。彼女の記憶を取り戻すことが出来るのだろうか。
思い悩みを振り切るように少しばかり高く飛ぶ。どうやら海の近くらしい。少し先に波が立つのが見えた。
本当に何もないのかと隈なく四方に目を凝らす。
すると、北の端に穴が開いているのが見えた。
「北の方、穴が開いています」
地上に降りてパウラにそう伝えると、「行ってみよう」と彼女は自動三輪車に乗り込む。
他に当てもない。僕も彼女に続くように自動三輪車に乗り込み、そして北の端へ向かう。
ものの数分で北の端に辿り着く。上空からは単なる大穴のように見えたけれど、それはどうにも地下へ続く入り口のように見えた。
「道があります」
地下へ続く道。すぐ先は真っ暗で、道の先が見えない。
「進んでみようよ」
彼女は真っ暗闇の先を指さす。
「ですね」
NIと、保存食と、体を休ませることの出来る場所。
僕はそれらがこの道の先にあることを願って、僕は自動三輪車を前に進めた。
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