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 地下に都市があった。それも、まだ一部の機能が生きた都市。

 地上からコンクリートの一角に空いた穴を通って地下に入った僕等の眼下には広がるのは、確かな都市の景観だ。地上にあったあのコンクリートの更地は地下都市の天蓋で、それは空を模っているらしい。くすんだ青空が僕等の頭上に広がっている。そのくすんだ空の微かな明かりが僕等に地下都市の景観を見せつけた。

 穴から通じる一本道は、緩やかに円型の壁面を辿って螺旋を描くように下へと繋がっている。天蓋から一番下まで何メートルあるだろう。少なくとも、高層ビルが十分に建つことの出来る高さはあるらしい。崩壊した建造物と、今なお真っすぐに建っている建造物。都市の中心には一番高い建物がある。そこから曲線を描くように建物の高さが小さくなっていて、端の方は住宅地域になっているのか、小さな建造物が綺麗に並んでいた。


「すごい」


 荷台にいるパウラは思わずといった様子で声を漏らす。


「はい。地下に都市があるだなんて、思いもしませんでした」


 僕も初めて見る景色が眼下にある。

 地下に広がる都市。

 ただ、どこか違和感がある。程なくして、僕はその正体に気が付く。

 植物がどこにもないのだ。先ほど見たあのコンクリートの更地と同じ。崩壊した建造物を飲み込むように草木が茂っているものだが、この地下の都市にはそれがない。都市のあちらこちらで崩壊している建物だって、よく目を凝らしてみると、根本を綺麗に折られて崩れていったような様相で、まるで誰かの手によって意図的に老朽化した建物が崩されているみたいだ。


「誰かがまだ住んでいそうですね」


 それにこれだけの都市だ。保存食や静かに体を休ませることの出来る場所もあるだろう。

 数分かけて螺旋状の道を下り切り、僕等は地下の地面に辿り着く。そこから、NIを求めて適当な道に入り、ひとまず都市の中心にある一際高い建物を目指した。

 経験上、都市や街で過ごすNIは、その都市や街の中心地に居を構えることが多い。それに、周囲に見える住宅は軒並み全壊しているようで、とても誰かが住んでいるようには見えなかった。

 瓦礫の山が軒を連ねる道を通り、中心へと進む。

 次第に背の高い建物が増えていく。

 時期に中心地だと言うところで、荷台にいるパウラが「何か聞こえない?」と、僕の方を向く。


「何か、ですか?」


 僕には何も聞こえない。

 でも、パウラは「カンカンっていう音。上の方から聞こえる」と、自動三輪車の窓ガラス越しに顔を上げ上を見る。そんな彼女につられて、僕も顔を上げた。

 見えるのは、ビルの隙間に空を模した天蓋。


「なんだろう、あれ」


 パウラが近くにあった背の高い建物の方を指さす。

 パウラの指の先、空中に複数の黒い点が見えた。

 あれは。


「落下物です。頭を下げて」


 反射的に自動三輪車の速度を上げた。僕等がいた場所に、沢山の瓦礫がガラン、ガランと音を立てて落ちて来る。パウラが小さな悲鳴を上げたが、落下物の立てる音でそれも掻き消えた。

 前方、左右、後方に瓦礫が落ちて来る。無理やりハンドルを切ってそれらを避ける。

 すぐに瓦礫の雨は止み、何とか直撃も避けることが出来たが、次の瞬間、タイヤが何かに乗り上げた。気づいた時にはもう遅く、途端に自動三輪車の制御が効かなくなる。その後、制御出来なくなった自動三輪車は、『緊急停止を試みます』と言ったが、止まるよりも先にスリップし、そのまま落ちて来た瓦礫の山に衝突した。


「!」


 大きな音と衝撃。自動三輪車はその場で停止する。


「パウラさん、大丈夫ですか?」


 助手席の方に目をやる。パウラは体を小さくし、顔を青くしていたが「だ、大丈夫」と答えて大きく息を吐くのだった。


「驚きましたね」


 辺りを見渡すと、結構な数の瓦礫が散乱している。直撃しなかったのが奇跡だ。


「自動車、大丈夫かな」


 パウラはゆっくりと立ち上がって自動三輪車から降りる。僕も動力を切って降り、自動三輪車の様子に目をやる。


「酷いですね」


 前輪がパンクしているらしい。それと、派手に瓦礫に当たったせいか正面の左側が幾何か拉げていた。これじゃあとても動きそうにない。何より自動三輪車自体も、『損傷大。走行不可』と声を上げる始末だ。


「ネウロ、どうしよう」

「直すしかないですね」


 ひとまず、どこか落ち着ける場所を探さなければならない。話はそれからだ。

 そう思って辺りを見渡していると、どこからか「お~い」という声が聞こえてくる。

 どうやら上から声が聞こえてくるようで、僕は一度パウラと顔を合わせた後、彼女とそろって顔を上げる。

 見上げると、ビルの外壁に沿って下降してくる人型NIの姿がそこにはあった。

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