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「で、お前さんらの話を聞かせてもらっても良いかの」


 僕等は病棟の診察室にいた。丸椅子にパウラが腰かけ、そんなパウラの膝の上に僕が座る。目の前にはドクターが居て、右側にあるベッドの上にはヒバリが腰かけている。そのヒバリは随分と大きな機械を自分の体から取り外しながら「だから話したじゃあないか。彼はネウロ君で、彼女がパウラちゃんだよ」と少しばかり疲れが滲むようなゆったりとした口調で話すのだった。


「それは知っとる。ワシが聞きたいのは、生身の体を持った人間についての話じゃよ」


 ドクターは「もうこの星には生身の人間なんていないはずじゃろ」と言いながらパウラのことを足の先から頭のてっぺんまで隈なく視線を注ぐ。僕が顔を上げてパウラの様子を伺うと、ちょうどパウラも顔を俯かせたところで、僕と彼女の視線が交わるのだった。

「ドクター、パウラちゃんが怖がってるよ」ヒバリがそう言うと、ドクターは「う、うむ」と唸りながら、「いや、怖がらせるつもりはないんじゃよ」と、腕を組むのだった。


「ただの知的好奇心、というと語弊があるのじゃが、まあその、似たようなもんじゃ」


 ドクターの言いたいことは僕にも分かる。この星には本来の人間などもういない。僕だってそう思っていたし、それが現実だと思っていた。であるのに、こうして目の前にかつての人間の姿をした人が現れたのなら、大抵のNIは「どうして」という思いを抱くだろう。


「僕も分からないんです。パウラさんは記憶を失っていて、だから僕達は記憶集約所を目指しているんです」


 彼女は大切なことを忘れてしまった。彼女はそれを取り戻したいという。だからそれを取り戻すために、全人類の記憶が保管されているという記憶集約所を目指している。それが、僕等の旅の目的だとドクターに説明する。


「記憶集約所、ね。そういう場所があることは、NIなら皆知っとる。ワシだって知っとる。じゃが、記憶集約所へ行ったとして、その嬢ちゃんの記憶がそこにある保証もないじゃろうし、手放した記憶をもう一度自身のもんに出来る保証もないじゃろう」

「それは、その通りです」


 ドクターの言う通りだ。僕だって同じ懸念を抱いている。たとえ記憶集約所へ辿り着けたとして、そもそも記憶集約所にパウラの記憶があるのかは分からないし、仮にあったとしても、その記憶を取り戻すことが出来るのかも分からない。その不安はいつだって付き纏っている。


「ドクター、そんなことはやってみないと分からないよ」


 そう言うのはヒバリだ。


「記憶集約所にパウラちゃんの記憶があるのかないのか。手放した記憶をもう一度自分のものに出来るのか。そんなこと、行ってみないと分からないよ」


 だから行けばいい。

 記憶集約所に可能性があるのだと感じたのなら、そこを目指せばいい。

 そんなヒバリの力強い言葉に、満ち始めた不安な空気は吹き飛ばされる。

 ドクターはというと、ヒバリの言葉を聞き組んでいた腕を解いて「ワハハ」と豪快に笑うのだった。


「そうじゃの、ヒバリが言うと説得力があるわい。そりゃあ行ってみなけりゃ分からんわ」


 ドクターは「それで、お前さんら記憶集約所がどこにあるのか知っとるんか?」と僕等に尋ねる。僕が「いいえ」と答えるよりも先に、ヒバリが「ああ、それはまだ話しちゃあダメだ。私の手伝いをしてくれる代わりに教えることになっているんだ」と身を乗り出す。


「何じゃお前、相変わらずそういうところはケチと言うか、何というか」

「こういうのはケチとは言わないよ。大体ドクターはいつも」


 ヒバリとドクターが交わす会話の裏には、確かな長い付き合いの時間があるようで、暖かな風が吹くようだ。

「仲が良いんだね」と、パウラが僕だけに聞こえる声で呟く。

「そのようですね」と、僕はあんなヒバリとドクターの関係が少し羨ましく思った。

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