6

 知らない色。

 灰色の天井。

 体の感覚が戻って来る。

「目が覚めましたか」と声が聞こえた。その声がした方に視線を向けると、そこにはネウロの姿があった。


「私は……」


 体を起こす。酷く頭が痛くて、重い。


「あまり無理はしないでください。二日ほど眠り続けていたのですから」

「二日?」

「はい。急に意識を失って、それから丸二日眠っていたのです」


 ネウロは「少し待っていてください。ドールを呼んできます」と灰色の部屋から出て行く。


「…………」


 何だか、とても長い夢を見ていた気がする。それは忘れてはいけない夢のような気がして、晴れかかった霧でも掴むみたいに私はその夢を思い出す。

 大きな星が二つ。

 小さな星が沢山。

 薄暗い部屋。

 それと、私の大切な。


「大切な……」


 何だっただろうか。上手く思い出せない。思い出そうとすると頭が酷く痛む。痛くて、自然と頬に熱いものが流れて落ちていく。

 ああ、私は思い出さなきゃいけない。決して忘れてはいけない。それなのに、どうして私はそれを思い出せないのだろう。私が忘れてしまったら、無かったことになってしまうのに。


「ダメ……」


 頭の痛みが熱になって、それがどうにも抑えられそうになくて、止まらない。


『大丈夫ですよ』


 不格好な声が聞こえた。

 滲んだ視界にはあのドールというロボットが居た。


「ごめん」

「大丈夫です。嫌な夢でも見ましたか」優しくネウロが私の手を握ってくれる。

「ううん、違うの」


 嫌な夢なんかじゃない。あれはとても大切な夢だ。


「きっと、ここまでとても長い距離を旅してきましたから体調を崩されたんです。少し休みましょう。記憶集約所へは、パウラさんの体調が回復してから向かっても遅くはありませんから」


 それから、ドール『安静にしてください』と言って私をベッドの上に寝かしつけ、次に私に対していくつか質問を始めた。


『どこか痛いところはありますか?』「頭が、痛いです」『頭が痛くなり始めたのはいつ頃からですか?』「ここ数日のこと。前の街を出てから五日位経った頃」『何か気になることはありますか?』「夢を見ます」『夢ですか?』「うん。夢、とても大切な夢」


 意識が途絶えている時、私ははっきりとした光景の中にいた。それだけは良く覚えている。


「ネウロ……」

「大丈夫。僕は傍にいますよ」


 私はネウロの手を握りしめる。ネウロも私の手を握り返してくれる。ネウロの青い瞳が見える。綺麗だと思う。でも、それはとても深くて冷たい色で、その青い瞳が今は微かに揺れている。

 ずっとこうしていたいなと心の底から思う。

 ネウロと一緒にこの星を見て回って、沢山の綺麗な景色を見て、沢山の素敵な人達と出会って、私はそういう色鮮やかなものを胸の内に置いておきたい。そういうものに巡り合いたい。

 言ってた通りだよ。この世界には、私の知らないもので溢れてる。あの狭い部屋と、両親の口論と、その場しのぎの校舎だけじゃあない。あの灰色の場所は世界のほんの片隅でしかなくて、この世界は綺麗なんだ。


「教えてあげたいな」


 教えてあげたい。私が見たものを見せてあげたい。

 何を、誰にだろうか。

 声が聞こえる。「大丈夫、僕が助けてみせます。記憶集約所へ行く約束をしました。今度こそ、約束を果たして見せます」と小さく震える声がする。


「うん」


 記憶集約所へ行こう。

 そうしてまた綺麗な光景を見て、その先もずっと、ネウロと一緒に私は沢山のモノに触れるのだ。


『長……な……眠は……記憶……理……』


 声が遠退いて行く。


「整理……ことで……か」


 私が遠退いて行く。


『……に行って……から』


 大丈夫、少し眠いだけ。

 少し眠って、次に目を覚ませばいつもの私に戻る。

 ネウロと日々を過ごして来た私に戻る。

 だから、大丈夫。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る