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「であるからして、新世紀以前の旧人類は二分化した。環境破壊が進んだ星に留まるか、あるいは新たな星へ移住するかである。その二分化した一方、新たな星へ移住した人類が我々の先祖であり、この光球系を開拓していった訳である。さて、少し話は逸れるが、この中で誰か新世紀以前の人類が暮らしていた星の名前を知っているものはいるか」


 歴史を担当している教師が問うと、数人がその問いかけに答えた。しかしどれも教師が求めている答えではないようで、教師は「もう答えるものはいないか」と一瞥した後、話を続ける。


「地球である。現存しているかは不明であるが、旧人類はそう呼ばれる星で暮らしていた。地球はどういう星だったかと言うと、その大半が海という塩分を含んだ水で覆われていたという。また、多種多様な生物で溢れ、奇跡的な星だと言っても過言ではないほど恵まれた星であった。しかし、その恵まれた星を旧人類は自らの手で破壊したのである。そこから我々は多くのことを学び、決して忘れてはならない。そのために歴史を学ぶ訳であり、諸君らの……」


 いつもの日常。教師の話はどこか説教くさくてつまらなくい。でも、その日教師が最後に言った「地球は青かった」というワンフレーズだけは不思議と頭の中に留まった。


「お姉ちゃんも今日、あの歴史の授業を受けたんだね。どうだった?」と、いつものように眠る前の一時、妹と話をする。私は「良いなって思ったよ。でも、そんな場所本当にまだあるのかな」と答えた。すると妹は「だからだよ。だから、私はこの目で実際に見に行きたいの。地球だけじゃあないよ、もっと沢山の綺麗なものを見たいの」と嬉々として話すのだった。

 将来の夢。その言葉は私にとって作り物の金箔か何かで包まれた空洞のようなものでしかないけれど、でも妹は違ったのだ。妹は確かに将来を夢見ていて、輝かしいものを実際に目にするために努力をしていた。


「きっと、私達が今暮らしている場所とは違う世界があの向こうに広がってるの。私はね、そういう世界を見たいの。だから私、やっぱり調査員を目指すよ」

「そっか。うん、良いと思うよ」

「お姉ちゃんは?」

「そうだね」


 私は私の将来が見えない。見えたとしても、何も色味のないボロボロの道が見えるばかりで、妹のような輝かしい望みもなかった。

 でも、そんな私にもささやかな願いというか、こうなれば良いなという思いはあったのだ。

 こんな風に、私は嬉しそうに語るパウラの話を聞いていたかった。つまらない日々の中のわずかな一時、眠る前にパウラの話を聞くこの瞬間が私は好きで、パウラが将来調査員になったとして、パウラが沢山の世界を目にしたとして、私はそれらを嬉しそうに語るパウラの話を聞きたいと、そう思っていた。

 だから私は「まだ分からない。でも、今はこんな風にパウラの話を聞くことが楽しいよ」とパウラに伝えた。パウラは「えへへ」と少し照れたような声を出した。それから少し声を暗くして「でもね、調査員ってやっぱりなるの難しいみたいなんだよね」と、ポツリと呟いたのだった。

 この星の外、宇宙を相手に様々な星々を訪れてはこれまでになかったような未知なる素材を探し、またはその星の文明を調査し人類の発展に貢献する。それが調査員の仕事だと私の進路担当の教師から話を聞いたことがある。その仕事は過酷なもので、知恵も、体力も、精神力も必要で、しかし素晴らしい仕事なのだと教師は言っていた。


「パウラなら大丈夫だよ」


 私よりも頭が良いし、運動だって出来るし、友達も多い。私の自慢の妹なのだから、パウラなら絶対に調査員になれる。


「調査員になったらさ、お姉ちゃんに色々な話を聞かせてよ」


 色々な話。まだ見たことのない綺麗な景色の話。その星での出会いの話。カラフルな話。そういう話を、パウラの嬉々とした声色で聞くことが出来たらどれほど良いだろう。私は、その色彩のほんの一部でも感じてみたかった。

「それじゃあ、頑張らなきゃだね」とパウラは言って、それからパウラは調査員を目指して日々を過ごしていった。私がいつまでも自分の将来と向き合わないでいる間、パウラはしっかりと向き合って、目指したいものを見つけて、そこへ向かって歩みを進めていた。


 私の日常は変わらない。色味のない毎日。起きて、両親の小言を素通りし、退屈な授業を受けて、家に帰って、勉強をしている妹の姿を見ては、ああ凄いなと本心から思って、毎日のように聞こえて来る両親の口論から逃げるように音楽に聞き入り、それでも自分の内側から確かに不穏な声が響いていた。

「それで、進路は決まりましたか?」という担当教師の問いかけに、私は「まだ考えています」とその場しのぎの回答をし、いよいよそうも言っていられないところまで来たところで、私は少しだけ頑張って、母に「まだやりたいことはわかりませんが、ここへ進学してそれを探そうと思います」と、言った。ただし母は興味が無いようで、「そう。あの人にも言っておきなさい」とだけ言うばかりで、だから私は話したくはなかったのだと胸の内で呟きつつ、父もまた母と同じ答えを私に返した。


 結局、私は向き合うことを先延ばしにしただけ。

 これまでだって流れに身を任せたまま、なるようになってきただけ。それはこれからも同じで、先延ばしにすることで精一杯で、今をどうにかして耐え忍ぶように生きていくことで精一杯で、ずっとこの先、私の日常は変わらずにこのままなのだろうなと思った。

 そう、思っていた。

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