5
「君の将来の話だよ。しっかりと親御さんとも話をして、次の面談までに決めなさい」
「はい」
そう答えておきながら、内心は毎日をどうにかして乗り越えて行くのが精一杯だった。将来のことを考えながら舵取りをすることなんて出来そうになかったし、両親と会話なんてしたくもない。これは今この時をやり過ごすための「はい」であって、その返事の先はどこにも繋がってなどいなかった。
「失礼します」と形だけの言葉と礼をし狭い面談室から出て行く。
一面の窓ガラスから望む外はもう真っ暗で、天井と床の両端から灯る光がくっきり廊下を照らしている。同じように面談を終えた何人かの生徒が雑談をしながら少し先の廊下を歩いていた。
色の無い光景。
色の無い声色。
色の無い日々。
校舎を出てぼんやりと見上げる。
代り映えのしない景色。
大きな星が二つ、第一光球と第二光球が真っ暗な空で一際輝いていて、それからその光に隠れるように沢山の星が私の頭上を覆っている。
強く輝く星はほんのわずか。あの夜空の大部分を占めるのは小さく微かに輝く星だ。そして、その小さな星の中でも、とびっきり弱々しい星がある。
私は一人用全自動車のプラットホームで車両が来るのを待っている時、決まってそんな弱々しい星を見つけては、車両に乗っている間は意味もなくその見つけた弱々しい星を見失わないように車窓越しに見つめることが癖になっていた。
「ただいま」と言って家に帰る。「お姉ちゃん、おかえり」と答えてくれるのは双子の妹のパウラだけで、両親はいつだってそれぞれ自室で各々の時間を過ごしている。
「パウラは将来の事、あの人達と話した?」と私が尋ねると、パウラは少し困ったように笑って「ううん。まだなんだ」と答えるのだった。
パウラと一緒にご飯を取りに行って、共有している部屋で一緒にご飯を食べ、宿題なんかをして、時折下の階から両親の口論が聞こえてきて、うんざりしながら眠りに就くのが私の日常だ。
ただ、そんな日々にも微かに色づく瞬間があった。
「お姉ちゃんは、将来どうするの?」二段ベッドの下からパウラの声が聞こえて来る。
「どうだろう。何も分からない」と私は答える。
「そっか。私はね、少し良いなって思うことがあるの」
「良いなって思う事?」
「うん。今日ね、歴史の授業で聞いた話なんだけどね」
色の無い日々で、それでも微かに色づく時間。
眠る前の一時。こんな風にパウラと何でもない話をする瞬間が、私の日々の中で唯一色づく瞬間だった。
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