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地形データを無事手に入れ、ウェーバーが寝泊りしている家に帰る頃には、すでに頭上の天蓋に星が浮かんでいた。
ウェーバーは約束通り、さっそく明日から僕らの自動三輪車を直す作業に取り掛かってくれるらしい。彼が言うことには二日もあれば終わるだろうという話だった。
加えて、今日手に入れた地形データを自動三輪車にインプットしたいのだがお願い出来るかとウェーバーに聞いてみたところ、「お安い御用さ。直すついでにやっておく」とウェーバーは快く引き受けてくれた。
という訳で、僕等は少なくともあと二日間はウェーバーの家にお世話になることが決まったのだった。
そしてその翌日。ウェーバーは朝からガレージで自動三輪車の修理をし始め、では僕等はどうしたかと言うと、パウラが食べることの出来る食料を手に入れるために、ウェーバーから教えてもらった倉庫へ足を向けることにしたのだった。
その倉庫というのは、ウェーバーの家から中心地とは逆方向に建っているらしい。僕とパウラは、大きなリュックサックを背負って倉庫を目指し家から出たのだった。
「全部、壊れてるね」
倉庫までの道すがら、周囲にあるのは瓦礫の山ばかり。話によると、ここ一帯は住宅区域だったらしく、ふと立ち止まって崩れた建物に目を凝らすと、たとえば写真や日記、食器なんかが瓦礫の隙間から顔を出していた。
「ウェーバーは、どうしてあんな風にしていられるのかな?」
「あんな風に、というと?」
「一人きり、ウェーバー以外誰もいないこの場所を、あんな風に守り続けているから」
パウラは「何だか寂しいなって」と続けて呟く。
パウラの言う通り、彼は独りきりでこの都市を整備し続けている。
整備し続けたところで、彼以外誰もこの都市で生活をしている人はいないのに。それでも彼はこの都市を守り続けていて、きっとこれから先も生きている限りはそうし続けるのだろう。
「生まれ育った場所、だからじゃあないですか?」
「生まれ育った場所?」
「はい。ウェーバーさんに直接聞いてみないと分かりませんが」
故郷を思う気持ちと言うのは僕にも何となく分かる。僕の場合、故郷それ自体のことを忘れてしまったし、何ならこの星に今もまだ存在し続けているのかも分からないけれど、それでも生まれ育った場所に対する思いというのは、僕の心のどこかにあるような気がする。
「ネウロが生まれ育った場所は?」
「もう、忘れてしまいました」
「そっか。でも、うん。そうだよね、何となく分かるかもしれない。それに、私にもそういう場所があるんだよね」
「はい。すべてのものに、そういう場所があります」
パウラは「そっか」と言って改めて瓦礫に目をやった。
瓦礫を見つめる横顔に僕が「取り戻せるといいですね」と言葉をかけると、彼女は頷くのだった。
それからしばらく先へと進むと、ウェーバーの言っていた通り僕等の目の前にとても大きな倉庫が姿を現した。倉庫の扉は開いたまま酷く錆びついていて、その開いたところから体を滑らせるように倉庫の中に入ってみると、そこには沢山の背の高い棚が並んでいた。そして、その並んだ棚の中には段ボールが敷き詰められていて、さらに段ボールの中を確認してみると、そこには確かに保存食や容器に入った飲料が保存されていた。
段ボールは数えきれないほどあった。でも、すべてがすべて口に出来るような状態ではなかったから、僕等は手分けをして段ボールの中身を漁った。口に出来そうな保存食と飲料を見つけては、出来る限り持ち帰ろうとリュックサックに詰め込んで、一杯になったらウェーバーの家に運び、それを何回か繰り返しているうちに、一日はあっという間に終わっていく。ウェーバーの家と倉庫の間を何往復もしたけれど、結果としてパウラ一人であればしばらくはもつ食料と飲料を手に入れることが出来た。
「疲れた」と言って、その夜パウラはパタリとベッドに倒れて深い寝息を立てる。そんな彼女を何とはなしに見ていると、僕は少しだけ悲しい気持ちになった。
僕に生まれ育った場所があるように、彼女にだって生まれ育った場所がある。
僕はもう、故郷がどんな場所であったのか思い出せないし、きっと故郷それ自体が無くなってしまっただろう。
でも、きっと彼女は違う。見た目からして、彼女はまだ幼い。彼女が生まれてから、それほど長い時間が経っている訳ではないだろう。多分、十五年くらい。十五年何て、瞬きをするほどに短い時間だ。だから、きっとまだ彼女が生まれ育った場所はどこかにあるだろうし、きっと彼女を産み落とした人がいる。
僕とは違って、彼女には彼女の居場所がある。
それなのに、彼女はこんな場所で独りきり。
それが僕は悲しい。
「…………」
彼女の寝顔に吸い込まれていた僕を引き戻したのは、部屋の扉が静かに開く音と、「ちょっといいか?」というウェーバーの声だ。
振り返ると、少しだけ開いた扉の隙間からウェーバーが顔を覗かせている。
「はい」
なんだろうかと思いつつ、僕は部屋を出て静かに扉を閉める。
「自動三輪車なんだがな、明日にでも修理が終えられそうだ。地形データも問題なく取り込めた」
「本当ですか。ありがとうございます」
僕が頭を下げると、「気にすんなって言ったろ。元々俺の所為なんだからさ」と、ウェーバーは頬をかく。
それから彼は何か言いたげな様子で俯いたものだから、「どうしました?」と僕は尋ねた。
「ああ、いや。あのな……」と、ウェーバーが言うには、僕に一つ頼みたいことがあるという話だった。
「はい。こんなにお世話になっているのですし、僕に出来る事があれば何でも言って下さい」
自動三輪車を直してもらったことを差し引いたとしても、地形データや飲食物の確保に力を貸してくれたこと、そして寝泊りできる部屋を貸してくれた恩がある。恩返しというと大げさだけれど、僕に出来る事があるのであればしたい。
「そっか、じゃあ」
ウェーバーは僕を見つめてこう言う。
「ある一人のNIの記憶を、送り届けてほしい」と。
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