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「ありがとう。これで我々人類は救われる。君達機械になった人Natural Intelligence、NIが存在すれば、人類は歩みを止めることなく進むことが出来るだろう」


 ディスプレイ越しに僕と同じNIになった人間が熱弁を振るっていた。


 それから程なくしてこの星は真っ白な雪に覆われた。海は凍り、沢山の都市や街が崩れ去っていく様を、僕はやはりディスプレイ越しに眺めていた。


 さらに時が過ぎて、僕が暮らす街にいよいよ生身の人間は誰一人としていなくなった。


 さらに時が過ぎ去って、とうとう街で暮らすNIの数も少なくなった。


 そしてとうとう、僕は僕に与えられた役割を全うするためにこれまで毎日を過ごしていた街を捨て、まだ栄えている都市を目指し始めた。


 それからまた時が過ぎて行く。辿り着いたその都市で暮らすNIの数が少なくなったら、また僕は他の栄えている場所を目指してその都市を出た。


 そんなことを繰り返し、繰り返し、繰り返し続けて、いつしか僕は、淡々と自身に与えられた役割を果たすために他の誰かを求めてこの星の街や都市を転々とするようになった。


 そう。僕には果たさなければならない役割があった。それは何も僕だけではなく、NIになった人々には例外なく果たさなければならない役割が課せられた。

 それが、記憶を手放す以外に僕等が永遠にも等しい時間を手に入れるために支払った代償だった。


 ある時出会ったNIは「私達はまるで人類史の奉仕者のようですね」と語り、またあるNIは「我々は我々の奴隷のようだ」と語っていたのを僕はまだ覚えている。


 奉仕者、あるいは奴隷。

 それは言い得ていると僕は思った。

 なにより僕自身、今はもうその課せられた役割を果たすためだけにただ生きているだけなのだから。


 僕等が背負ったその役割は、大きく二つに分けることが出来る。

 一つは人類がこの先も繁栄し続けるために必要とされる役割。

 そしてもう一つがこの星に人類が居たことを残し続けるために必要とされる役割。

 僕の場合は後者だった。

 僕に与えられた役割というのは、誰かの一杯になった記憶をこの星のどこかにある記憶集約所という場所にまで送り届けるというものだ。


 記憶集約所。そこにはこの星に生きた人々の記憶が保管されているという話。

 だから、この少女が自分の名前を憶えていないと言った時、本当にこの少女が記憶を失っているのだとしたら、その失われた記憶は記憶集約所にあるのではないのかと僕は思った。

 とはいえ思ったというだけで、実際に記憶集約所に少女の記憶があるという確証はないし、仮にあったとしても、一度失った記憶を取り戻すことが出来るのか僕には分からない。

 そもそも、僕は記憶集約所がこの星のどこにあるのかは知らないのだ。あくまで僕に出来る事は、誰かの記憶を記憶集約所へ送ることだけ。それ以上のことなど僕には出来ない。


「少しでも、何か思い出せることはありませんか?」


 そう尋ねても、少女はただ首を振るばかり。

 これでは、僕もどうすればいいのか困り果ててしまう。

 僕にはやらなければならないことがあるから、このままずっとここに留まり続ける訳にはいかない。しかし、かといってこの少女をこのまま一人ここに置いて行ってしまうのは心持が悪い。僕はもう、この少女と出会って言葉を交わしてしまった。

 少女が何かを覚えていれば、その記憶を頼りに少女が居るべき場所まで連れて行くだとか、そういうことは出来るが、何も覚えていないとなると手の打ちようがない。


「何も分からない」


 少女は目を伏せる。それから両腕で自身を抱く。よく見ると、少女の体は小刻みに震えていた。


「いいえ。大丈夫です。今日はもう休みましょう」


 もう外も暗い。

 明日になれば、また何か良い案が浮かぶかもしれない。


「ありがとう」


 少女は少しだけ頬を緩めてそう言った。

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