6
翌日。
僕とパウラは、ウェーバーと共に彼が今解体作業をしている高層建築物がある場所に足を運んでいた。
昨日ウェーバーから「地形データのある場所に案内するのは今やっている仕事が終わってからになりそうだ」とそう言われた訳だが、しかしだからといって彼の仕事が終わるまでの間、僕等はただ何もしないで待っているというのも何だかウェーバーに悪い気がして、今朝僕は彼に「仕事を手伝わせてもらえませんか」と話をしたのだった。
すると、それに続くように「ネウロが手伝うのなら、私も手伝う」とパウラも続き、結果僕とパウラ二人揃ってウェーバーの仕事を手伝うことになったのだった。
「気を付けろよ。落ちたら多分死ぬぞ」
ボロボロの高層建築物の天井から吊るされたゴンドラに乗り、僕等は目的の階層へと向かう。
パウラが必死な様子でゴンドラの縁に捕まっているものだから、「パウラ、大丈夫ですか? 高いところは苦手ですか?」と声をかけると「得意じゃあないかも。でも大丈夫。頑張る」と、彼女は引きつった笑みを浮かべるのだった。
「ネウロは私の記憶を取り戻すために頑張ってくれてる。だから私だって頑張るの。私だって、取り戻したいから」
そういう彼女の瞳は真っ直ぐで、僕は「そうですね」と言葉を返す。
それからゴンドラに揺られること三、四分。辿り着いたのはこの建物の三分の二程度の高さにあたる階層だ。
「ちょっと頭下げてろよ」
ウェーバーはそう言って目の前の中途半端に割れた窓ガラスを力任せに割り、穴の開いた窓から建物の中に入っていく。
「ほら、手ぇ貸しな」
ウェーバーがパウラに手を伸ばす。
パウラは「えい」と声を上げながらウェーバの手を握りつつ、ゴンドラから建物の中へと飛び込む。
無事にパウラが建物の中へ入れたのを確認した後、僕も続いて建物の中へと踏み入れた。
「はぁ」なんて、しっかりとした足場のある場所に辿り着けて安心したのか、パウラは息を吐いてその場に座り込む。そんな彼女を見て「おいおい、まだ仕事場に辿り着いただけだぜ」と茶化す様にウェーバーはパウラの頭をポンポンと叩くのだった。
「すごいね。ウェーバーはこんなことを毎日今までしてきたんだね」
「いやいや、まだ驚かれることなんて一つもしてねぇって」
ウェーバーは「さあ、さっさと終わらせるぞ」と腕を回す。
「ちょっと準備するから、少し待っていてくれ」
そう言って、ウェーバーは背負っている大きなリュックサックを下ろし、何やら色々なものを取り出し組み立て始めるのだった。
「わかりました」
準備を進めるウェーバーの傍ら、僕は彼の向こう、建物の中に目を配る。
ここにあるのは大小様々な古ぼけたコンピュータと倒れた沢山の本棚。床に散らばっているのは分厚い書籍と文字が印字された無数の紙。それらは僕に、確かに遠い昔、ここには人間がいたのだと伝えてくる。
床に散らばった紙のうち、近くにあったものを拾い上げると、そこには『NIにおける記憶領域の拡張と共有について』というタイトルが書かれていた。また、あるいは別の紙には『海面上昇に関するシミュレーション結果と考察』『恒久的エネルギー源の開発』『惑星における寒冷化周期に関する統計』などという言葉が散らばっている。
「ネウロ、読めるの?」
「はい。ですが、内容が難しく理解は出来そうにありません」
「そうなんだ」
ここは、もしかしたら研究室のような場所なのかもしれない。となれば、きっとここにあるものはとても貴重で価値のあるものだ。
かつてこの星で人間が生きてはいられなくなると分かった時、それでもどうにか抗おうとした人達が研究に研究を重ね、その成果を残すためにこうして紙に書き止め、そうやって積み上げて来た英知がこの場所に詰まっている。
でも、僕にはその英知の一欠けらだって理解できそうにはない。そうなってしまえば、これらはすべて僕にとって無価値なものでしかなくて、単なる古ぼけた紙切れでしかない。
求められず、理解されないものは皆無価値で、それらはただ埃を被るばかり。
「ほら、これ」
準備が整ったらしいウェーバーから、導線が出た茶色い筒を手渡される。
「これをあの柱に空いてる穴に差し込んでくれ」
ウェーバーの話によると、柱に空けた穴に爆薬を入れ起爆し、柱を破壊することでこの建物を崩すということだそうだ。すでに下の階の柱には爆薬を埋め込み終えているようで、この階の指定の柱すべてに爆薬を埋め込めば、あとは爆破するだけらしい。
「ほら、生身の嬢ちゃんも頼むぜ」
「うん」
僕は床に散らばった古い紙切れを跨ぐ。
僕はこの建物を壊すために爆薬を仕込み始めるのだった。
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