5

「記憶喪失、か。それで、この星中の人間の記憶が集まるっていう記憶集約所を目指してるって訳か」


 お風呂から戻ってきたパウラの頬は幾何か上気している。そんなパウラに、君のことをウェーバーに話してもいいか確認すると、彼女は「いいよ」と頷いてくれたため、僕はウェーバーにパウラのことや僕等がどうして記憶集約所を目指しているのかを話した。


「記憶集約所がこの星のどこかにあることは分かっています。何より、僕が記憶集約所と通信をしていますから。ですが、記憶集約所が一体どこにあるのかは分かりません」


 手掛かりは何一つない。記憶集約所と通信をする時だって常に一方通行。僕は記憶集約所に記憶を送り届けることは出来るけれど、記憶集約所から記憶を受け取ることは出来ない。


「改めて、ウェーバーさんは記憶集約所がどこにあるか知っていますか? 何か手掛かりになるようなことでも構いません」


 ウェーバーは「う~ん」と唸りながら腕を組む。


「すまない。力になれそうにない。俺もお前と同じだ。記憶集約所っていうのがこの星にあるってことは知ってる。でも、それがどこにあるのかまでは俺も知らねぇ」


 ウェーバーは頭を下げる。


「いえそんな、頭を上げてください」


 そもそも、記憶集約所と密接に関わる役割を担っている僕のようなNIでさえ、その場所を知らないのだ。ずっと地下で生き続けて来たウェーバーが知っているはずがないのだ。

 ウェーバーは頭を上げる。そこでふと、彼は「いや待てよ」と顎に手をやり僕を見るのだった。


「どうかしました?」

「ああ、うん。確証はないがな、一つ記憶集約所がある場所を見つける手掛かりになるかもしれねぇ施設が、この都市にあるんだよ」


 ウェーバーは「さっき話したろ。この場所は、未来永劫持続可能な都市を目指して作られたって」と言い、それからその記憶集約所を見つける手掛かりになるかもしれない施設について僕等に話してくれる。

 彼曰く、この都市の中心地にある一番背の高い建物のてっぺんに、この星の軌道を周回する衛星の写真や映像を受信し、地上の気象や地形を観測する大きなパラボラアンテナがあるらしい。そこへ行けば、この星の地形データを得ることが出来るかもしれないという話だ。


「つまり、この星の地形データから記憶集約所を探し出せるかもしれない、ということですか?」

「そういうこと。俺達も地上で暮らすことを諦めた訳じゃあなかったんだ。だから地上の様子を知るための施設を作った。だが、言うまでもなくそのアンテナなんかを管理していたNIはもういない。あの場所へはもう長い期間誰も立ち入っていないはずだ。だから、今もまだ動き続けている保証は出来ねぇ」


 ただ、今はすでに動いていなかったとしても動きを止める直前までの地形データは確実に手に入るはずだと彼は言う。


「どうだ? 役に立ちそうか?」

「ええ、とても役に立つと思います」


 僕等が乗っているあの自動三輪車にインプットされた地形データはずっと古いものだ。きっと、この都市に残っているという地形データは、おそらく今自動三輪車にインプットされた地形データよりも新しいはずだ。もしもその地形データをアップデートすることが出来れば、少なくともデータ上にはあるはずの都市や街が、現実には無くなっているという事態は減らすことが出来るかもしれない。


「ウェーバーさん。是非僕達をそこに案内してください」

「おう! 任せろ! と言いたいところだが、悪いけど少しだけ待ってくれないか」


 何でも、案内はウェーバーが今やっている仕事が終わった後にしてほしいとのことだった。

 彼は今、崩れかけたビルを解体しているという。ビルが朽ちて自然と崩れていくよりも、人の手でビルを解体し崩した方が周囲の建物への被害を抑えることが出来る。そのため、彼は崩れそうなビルを見つけては解体し崩しているらしい。

 何でも、今解体しているのは僕等がウェーバーと初めて出会ったあの場所に建っていたビルらしく、僕等の頭上から瓦礫が落ちて来たのは、つまり彼がビルの解体作業をしていたからだという訳だった。


「あの自動三輪車を直すのもその後になっちまう。すまない、あのビル、今にでも崩れそうでな、早めに解体しちまいたいんだ」


 ウェーバーは申し訳なさそうな声を上げるが、僕はそれで一向に構わなかった。お願いしているのは僕等の方なのだから。

「パウラもそれで大丈夫ですよね」と僕が尋ねると、彼女もまた「大丈夫」と頷いてくれる。そんな僕等にウェーバーは「わりぃな」と後ろ頭をかくのだった。


「続けてすみません。もう一つ聞いてもいいですか?」


 聞きたいことは、パウラのような生身の人間が口に出来る食料がこの都市にあるかどうか。

 もう手元にある食料が少なくなっていて、この辺りでパウラが食べられそうな食料をどうにかして手に入れたかった。


「ああ、それなら多分、ここから少し歩いたとこにある倉庫にあるはずだ。どうせ俺は食えねぇし、好きなだけ持っていけよ」

「本当ですか。ありがとうございます」


 ウェーバーのその言葉を聞いて、ようやく張り詰めていた空気が抜ける。自動三輪車が壊れてしまって一時はどうしようかとも思ったが、記憶集約所の場所を知る手がかりが得られそうだし、減った食料も確保することが出来そうだ。


「よし、じゃあ話も大体まとまったところで、今日はもう寝るとしようか」


「ついて来いよ」と言ってウェーバーは立ち上がる。僕等も立ち上がって彼の後に続いた。

 リビングを出て右、浴室とは逆の廊下を突き進むと、鵜飼い合う様に二つの扉が姿を現す。ウェーバーはその扉のうちの一つに手をかけ、「ここ、自由に使ってくれ」と言って扉を開けた。

 扉の先はどうやら寝室のようで、二人用のベッドが一つと小さなドレッサーが一つ置いてあった。


「いいのですか?」

「構わねぇよ。どうせ空き部屋だ。ああ、ただ注意が一つ。この部屋の向かいにある部屋には入るんじゃあねぇぞ。使わなくなった道具なんかが入っていて危険だからな」

「はい。分かりました。本当に、何から何までありがとうございます」

「良いってことさ、気にすんな。それじゃおやすみ、また明日な」

「はい。また明日」


 また明日。なんて、こんな言葉を交わすのは何時振りだろう。少し胸の内がくすぐったい。

 ぱたりと扉が閉まった後、パウラはゆったりとベッドに倒れ込んで、「ふかふか」と枕に顔を埋めるのだった。


「よく眠れそうですか?」


 ベッドに横になった彼女に尋ねる。

「うん。とても」と、彼女は微笑むのだった。

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