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「私の役割は街を守ること。特に、脅威になり得るものを事前に知るために、時には遠く離れたNIと通信して情報収集をしているんだ」


 ヒバリが言う守っている街というのは、ちょうど今僕等が目指している街のようで、ひとまず僕は今向かっている先にちゃんと街が実在していたことに安堵した。自動三輪車の地形データを更新したことで以前よりは地図上にはあるはずの街や都市が存在しないといったケースは少なくなっていたが、それでも完全にそういったケースが無くなったという訳ではなかった。

 ヒバリもこれから街へ帰るという話であったから、僕はヒバリを自動三輪車の荷台に乗せ、ヒバリと一緒に街へ向かうことにした。


「産まれも育ちも、ずっとその街なのですか?」

「ううん。違うよ。今暮らしている街はNIになってから住み始めた街。産まれた街のことはもう随分と忘れちゃったな。でも、そこでの日々は幸せだったのは確かだ」


 海に囲まれた島国の、中でもとても空が美しく見えた街。

 ヒバリはそんな街で産まれ、そんな街で父と母と一緒に生活をしていた。

 それがかつての普通だった。どこにでもありふれていた日常だった。


「未だに覚えていられることも、もうほんの一握りしかないよ」


 ヒバリの両親は共に空の仕事をしていたという話だ。父親はパイロット。母親は客室乗務員。

 両親との会話の中で未だ彼女の記憶に残っているのは空に纏わるものばかりで、ヒバリはいつだって空を見上げては両親のことを思っていた。

 父親が操縦する飛行機に乗った時のことをヒバリは未だ鮮明に記憶していると語る。


 果てしなく続く青い空。

 いつも見上げている雲が眼下にある。

 その雲の下には青い海が見える。

 青と青の間を突き進む。

 地面から離れた自由な世界。


「私は憧れた。それと悔しかった。私が生きている世界にはこんなにも自由な場所があるのに、どうして私はそこで生きられないんだろうって。鳥が羨ましかったな」


 人間の体に鳥のような翼はない。

 だから、本当の意味で自由にあの世界へ身を出すことなど出来やしない。


「でも思ったんだ。NIになって、機械の体になって。もしかしたら、あの頃は絶対に行けないと思っていた場所へ行けるんじゃあないかってさ。それから、自分の役割をちゃんと勤めながらコツコツ時間を見つけて、空を目指して色々なことをしてきた。と言っても私、頭も悪いしそういう飛ぶための知識も持ってなかったら失敗ばかり。君たちも見た通りあのザマさ」


 どうってことないようにヒバリは話す。でもきっと、その言葉の裏には途方もないほどの時間と失敗があるのだろう。そして、それを支えられるほどの熱と、火種となる記憶をヒバリは未だに持ち続けていて、そんなヒバリが僕は羨ましい。


「僕達は何をすればいいのでしょうか?」


 空を飛ぶのを手伝ってほしいという話だったが、具体的に僕等は何をすればいいのだろう。


「そうだね。基本的に部分集めをしてほしいんだ」

「部品集め、ですか。分かりました。任せてください」

「ありがとう。頼もしいよ。今作っているものがあるんだ。それが一段落したら私が知っていることを教える。それでいいかな」

「はい」

「うん。じゃあ少しの間よろしく」


「はい。よろしくお願いします」僕が返事をすると、後に続きパウラも「よろしく」と声を出す。ヒバリも「パウラちゃんもよろしくね」と返事をするのだった。

 話がついたところで、それからはヒバリがこれまでどんな方法で空を飛ぼうとしたのかだとか、ヒバリが今暮らしている街はどんな街なのかだとか、そういう話を聞きながら僕等は荒野を進んだ。


「空を飛ぶために試したことは、もう本当に色々だよ」


 たとえば単純に両手に翼を模した鉄を取り付けたり、自分の体に取り付けられる小型の飛行機のようなものを作ってみたり、ジェットエンジンを足に取り付けてみたりと、ヒバリの口から次々と話が出てくる。その話を聞けば聞くほど、ヒバリは本当に長い時間、空を飛ぶ努力をし続けて来たのだなと、そのこと自体に僕の心は動かされた。

 ヒバリが暮らす街では飛び立つ場所がないため、作ったそれらを試すのは決まって街の外。ヒバリと出会ったあの場所が一番飛び立つのに適した場所らしく、大抵はあそこで試作品を試したり、実際に空へと飛び立ってきたのだという。


「私が暮らす街を一言で表すのなら、NIのために作られた街、になるのかな」


 NIがより快適に日々を過ごすために作られた街。それがヒバリが暮らす街なのだそうだ。NIという生き方が生まれるのと同時に作られた街であり、NIによるNIのための街であるから、当然その街には初めから生身の人間なんて一人もいなかった。

 多種多様なNIの体に対応するために、その街には様々な住居があった。一方で、生身の人間のための施設は一切なかった。飲食物を提供する店や食材なんかを売る店はないし、人本来の体を診てくれる病院もその街には無い。代わりにNIにとって必要となる施設があるらしく、たとえば機械の体をメンテナンスしてくれる施設だとか、機械の体になろうとも無くならない精神を診てくれる病院がその街にはあるという。


「確かに快適なんだけれどね、でも反面、色の無い街かもしれないね。それに、今はもうあの街で暮らしているのは二人だけ。私と、街の住人みんなの精神面を診てくれていたお医者さんだけだよ」


 ヒバリが暮らし始めた当初はそれなりの数のNIが住んでいたというが、しかしそれも膨大な時間が過ぎ去っていく中で様々な理由から数は減っていった。その点は僕がかつて暮らしていた街も同じだし、きっとどこの都市や街も同じなのだろう。

 永遠に続く、というのはあり得ない。少しずつ衰退していく。それが今この星で生きている人たちの在り方だ。


「ヒバリのお母さんとお父さんは?」

「NIになったのは私だけなんだ。だから両親はもういないよ」

「そう、なんだ。私から尋ねたことだけど、ごめんなさい」

「パウラが謝ることなんてないさ。さっきも話した通り、もう随分と忘れてしまったけど私はまだ覚えてる。だから大丈夫」


 ヒバリはそう言って笑い声を上げる。それから「いつかあそこへ行くんだ」と呟く。

 荷台にいるヒバリの方を見やると、その手は空へと伸びていたのだった。

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