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「パウラさん」


 隣から聞こえた声で目を覚ます。「おはよう」と伝えると、「おはようございます」とネウロは挨拶を返してくれて、こんな風にやり取りをして日々を重ねていくことが、私にはとても幸せなことのように感じた。


「あともう少しで次の目的地です」


 NIのために作られた街を旅立った後、「記憶集約所は星の中心にある」「その近くには生身の体を持った人間がいるかもしれない」という情報を頼りに、時折街や都市に寄りながら、私達はこの星の中心へと向かっていた。


「次はどんな人に出会えるかな」


 新しい場所。新しい景色。そういう、まだ見たことのないものを自分の瞳に映すことが楽しい。そしてそれ以上に、新しい誰かに出会って話をすることが楽しかった。

 出会う人達の思いに触れて、願いに触れて、そういうものがとても綺麗に見えて、私はそういう暖かなものにもっと触れていたいのだと思う。


「記憶集約所、あれば良いですね」

「うん」


 記憶集約所が本当に星の中心にあれば良い。それが私達の旅の目的だから。

 でも、ここ最近の私は少し揺らいでいる。

 記憶を取り戻したい。それは今も変わらない。私は私にとって大切なものを無くしてしまった。そして、その大切なものはきっと失ってしまった記憶の中にある気がする。だから、私は記憶を取り戻して私を取り戻したい。

 一方で、私は私を取り戻した後どうなるのだろうかと、記憶を取り戻した後のことを考えてしまう。今の私はこんな風にネウロと一緒に色々な都市や街を巡る日々が好きで、これからもこんな日々が続けばいいなと思っていて。でも、私が私を取り戻した時、今の私が抱くこの気持ちが変わってしまうのではないのかと不安だ。この日々を続けることが出来なくなるのではないのかと不安だった。


「パウラさん、大丈夫ですか? 最近は眠っている時間が何だか幾分か長いようですし、体調がすぐれないですか?」


 ふと、ネウロが私の顔を覗う。私を見つめる青い瞳はやっぱり綺麗で、出会った時も、ネウロはとても綺麗な瞳をしていると私は思った。


「うん、ごめんね、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけ」

「そうですか、ならよかったです」とネウロはその青い瞳を細める。


 またこの表情だ。その瞳はどこか悲し気に揺らいて、ネウロは時折こんな表情を浮かべる。

 その表情は、これまで私達が訪れた都市や街で出会った人が昔のことを話している時に浮かべていた表情と同じだった。

 私は、ネウロのその揺らぐ瞳の奥にあるものを知らない。でも、その悲し気な表情を暖かな表情にしてあげたいと思う。ネウロには、何度感謝を伝えても伝えきれないほど助けてもらった。きっと、彼と出会えなければ今の私はいないだろうし、彼と出会わなければこんな風に色々な場所を巡って色々な人と出会い、暖かなものに触れることも出来なかった。彼の悲しみそのものをどうにかすることなど私には出来ないだろうけれど、でも私に出来る事があれば何でもしたかった。彼からもらったものを、少しでも返したい。


「ネウロは、何か願い事とか、望みみたいなものはある?」


「願い事ですか。そう、ですね」とネウロはしばらく遠くを見るような目をする。

 それからネウロは「今はとにかく、パウラさんの記憶を取り戻せればと思います」と答える。本当に、彼はこういう人なのだ。でも、私が聞きたいのはそういう事じゃあない。


「そうじゃあなくて、ネウロ自身の願い事だよ」


 ネウロ自身が望むこと。

 ネウロの表情が少しでも暖かくなるようなこと。

 私が知りたいのはそれだ。

 ネウロはさっきよりも長い時間をおいて、それからようやく口にしたのは「僕も、とても大切なものを無くしてしまったような気がするのです」と話す。

「それは名前?」と私は聞き返す。ネウロも自分の本当の名前を忘れてしまったと話していた。


「そうですね。それもあります」


 なら、まずはネウロの本当の名前を取り戻すことにしよう。それが私の一つ目の恩返しだ。


「じゃあ、ネウロも取り戻そう。私もその手伝いをする。きっと、記憶集約所に行けば取り戻せるよ」


 だから、記憶集約所へ行こう。

 それが、今の私とネウロの共通した目的地。

 この旅のゴール。

 取り戻した後のことは、取り戻してみないと分からない。

 今はただ、取り戻すために進もうと私は思った。

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