第56話空音からの手紙
真白が帰った後、空音からの手紙を読んだ。
僕は真白の前では読まなかった。だって、泣いてしまうかもしれない。
甘えん坊の空音が僕への見舞いを辞退した。
普通に考えてお礼に来ても構わないだろう、実際空音のおじさんとおばさんもお礼に見えられて、空音からの言葉を伝えてくれた。
『私には合わせる顔がない、だからお礼の気持ちを手紙にしたためました』
その手紙は真白が持ってきてくれた手紙の事だろう。
空音のご両親は僕に空音が浮気をした事を謝ってくれた。
いや、空音のご両親から謝ってもらう筋合いの事じゃない。
僕と空音の間のことだから…
でも、ご両親の気持ちもわかる。二人は僕と空音が結婚すると信じて疑わなかった。
でも、空音からの報告を聞いて、二人共、その時は手にした箸を思わず落としてしまったそうだ。
本音を言うと、空音と話したかった。怖くなかったか? 怪我はなかったか?
僕はあれ程厳しい決意で空音を拒絶した癖に、今回の事で空音が心配で、心配でしょうがなかった。
僕はダメな男だな、決意が1か月も持たなかった。
異性として見る事はできないけど、妹を心配するみたいな気持ちになる。
僕は空音からの手紙の封を切った。
『悠馬へ。こんな私を助けてくれてありがとう。本当に嬉しかった。こんな私の為に怪我までしてあんなに怖い人達と戦ってくれたんだね。
多分、みんな私の事が嫌いなんだと思う。あんなに優しかった悠馬を振った女なんだもんね。
仕方ないよね、私、馬鹿だったもん。
私は死んだほうがいい女だと思った時もあったけど、今は生きようと思います。
藤沢君から悠馬からのメッセージを聞いて、涙が出ました。
もう、悠馬の彼女には戻れないけど、悠馬は私の事を見捨てたんじゃないってわかったら、生きなきゃって、思いました。
私、一人じゃ何もできない子になってる。
悠馬に甘えてばかりで相手の事なんて全然考えていなくて…真白がどんなに悠馬の事を考えていたか。
どんな気持ちで私達を見ていたのか、過去を振り返るとよくわかりました。
藤沢君を通してもらった悠馬からのメッセージを読んで、悠馬の言う通りだと思った。
私は悠馬が好きだった。世界で一番好きだった。
でも、愛してはいなかったんだと思う。
一番好きな人のことを愛していると思ってたんだけど、それは違うよね?
悠馬の言う通りだ。私は悠馬のことが一番好きだったのに、悠馬のことなんて全然考えてなかった。
そのことは悠馬に気持ちが戻った時…
そして、もう二度と悠馬が私の隣にいてくれないことがわかった時に…
わかりました。
辛かった。好きな人、ううん、あの時、私は初めて愛しているということがわかった。
だって、自分が悠馬に拒絶されて、あんなに気持ちが落ち込んで…
あの時、悠馬がどんな気持ちだったかわかりました。
そう思ったら、悠馬になんてことしたんだろう? って、思いました。
真白にも言われました。悠馬が自殺したらどうするつもりだったの? って。
自意識過剰かもしれないけど、それは良くわかりました。
私も自殺したい位心が病んだから…
悠馬の気持ちがわかったとき、自分の罪深さと、愛というモノを初めて知りました。
自分が好きという気持ちだけで考えているのは、本当の愛じゃないよね?
そう、相手のことを想うことができない自分勝手な好きは愛じゃない。
私は自分の事はちゃんと自分でして、相手の事をきちんと考える事ができる真人間に生まれ変わりたいと思います。
悠馬がいつか、幼馴染の空音ってどうしてるんだ? て、聞いた時、みんなに『ちゃんとしてるよ!』と言ってもらえるように頑張ります。
本当なら、直接会ってお礼をいいたい。会いたい!
多分、悠馬は許してくれるんじゃないかなと思っています。
でも、それじゃダメなんだと思います。
悠馬が許してくれても私が自分を許しちゃダメなんだと思います。
どうしてあんな事をしたのか? どうしてあんな事を思ったのか?
今でもわかりません。
そのくせ、鮮明に悠馬から移り気した時の気持ちの記憶が残ってるんです。
悠馬を振って、悠馬に心を戻して。そして、自分の居場所が悠馬のそばに無いってことがわかった時に、悠馬のことがどんなに大切な存在か。
でも、あの時の悠馬の気持ちを考えたら、今ではあの時の自分が憎い。
私って、本当に馬鹿なんです。大切なものって、無くしてからじゃないとわからないものなのね。
悠馬と過ごした17年の記憶はとても楽しくて、良い思い出だった。
悠馬が私に告白してくれた時は本当に嬉しかった。
初めてキスしてくれた時も、本当に嬉しかった。
本当にいい思い出だった。
17年間、幼なじみでいてくれてありがとう。彼氏でいてくれてありがとう。
そして、ごめんなさい。何度謝っても、許されることではないと今はわかりました。
でも、私は謝ることしかできないの。悠馬がいなくなるのって、私にとって一番の罰なんだと思う。
それでも、こんな私を悠馬は助けてくれた。
私、絶対悠馬の幼馴染にふさわしい普通の女の子になります。
悠馬は優しい。こんな私を更生させようとしてくれた。
今はわかります。それが悠馬の優しさだという事が。
でも、私はあなたを裏切った女です。悠馬の宣言通り、もう二度と悠馬には会いません。
夏休み中に引っ越す事になりました。お父さんの仕事の都合で、少し離れた街に引っ越します。
でもね、私は自分の罪も悠馬のやさしさも、絶対に忘れない。
私は悠馬のそばからいなくなるけど、私の中で、一番好きな人は永遠に悠馬だと思う。
でも、私がいつか、誰かに出会って、恋をしたら、その人のことを想います。
悠馬から教えてもらった、愛するということがわかった今は、決してその人を裏切ったりしないと誓います。
時々、悠馬が許してくれて、元に戻れたら…
なんて、都合のいいことを考えていました…
それ無理だよね? だって、結局、私は悠馬を幸せにすることはできないよね。
私がそばにいたら、悠馬は裏切られた事を思い出してしまうから。
だから私は悠馬のいう通り、違う人生を送って、真人間になるよう頑張って、ちゃんと前を見て生きていければいいな。そう思っています。
だから、いつかもし、互いにすれ違う時は、互いに違う道を歩いていると思います。
その時に、悠馬が恥ずかしくないような女の子になれていたら、いいなと思います。
最後に言うね! 悠馬の事が好きだった。こんな私と17年も幼馴染でいてくれてありがとう!
彼氏でいてくれてありがとう!
幸せになってください。悠馬を幸せにしてくれるのは真白だね。
真白とお幸せに! さようなら、そしてありがとう!』
手紙の最後の方には涙の跡があった。柄にもなく、僕への気遣いなんてして、らしくない。
真白と幸せにって……ほんとは後悔の心でいっぱいなんだと思う。
気が付くと僕の頬には涙が流れていた。
僕を振った幼馴染の彼女、妹みたいだった彼女、ごめん真白、今だけは泣かせてね。
僕だって、空音に振られて悔しくて空音を恨んだりもした。
でも、17年も身近にいた幼馴染なんだ。
そんな簡単に割り切れないよ。そして、二度と会えないかもしれない。
そう思うと、僕の頬を涙が伝った。空音との17年分の思い出が流れているのかもしれない。
空音の手紙に書いてある通りだ。空音は僕のことが好きだったけど、愛してはくれなかった。
そして、それは僕も同じだったんだ。空音のことを想えば、ひたすら空音を甘やかすべきじゃなかった。
結局、空音の恋愛観やいろんなことを歪ませて、空音に振られて、真白が来てくれて、その時、初めて僕は人を愛するということがわかった。
真白は僕のことを好きなだけでなく、僕のことを想ってくれた。
だから、僕は気が付くことができた。愛というモノに。
泣くのは今日だけ、明日からは真白の事だけを考えよう。これは空音との最後のお別れの涙、そう思った。
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