第42話 陽葵ちゃんの婚約者候補登場

陽葵ちゃん達に襲われた僕は何故か真白に怒られた。


「もう、悠真は何人たらしこんだら気がすむの!!」


「ええっ!? 僕、何もしてないよ!」


とは言うものの、このままでは陽葵ちゃんの貞操が危ないと言う事になり、真白か海老名が必ず同席する事になった。実際、貞操の危険があるのは僕の方なんだけどな……男女差別を感じる。


講義が終わり、みなで相談すると、陽葵ちゃん達は基礎の学力が低く、小学生の頃からやり直す事になった。英語は中学からだからいいけど、算数なんかは初歩からやり直した方が速い。


そしてあくる日、また日常が始まったが、クラスが少しザワついていた。


どうも、英語の先生が突然産休に入ったと言うのだ。


「なあ、英語の桜木町先生っていくつだったっけ?」


大和に聞かれる僕、そんな事聞いたら駄目だぞ、女性の年齢を聞くなんて、でも


「少なくとも、50歳を超えているような気がするね…」


そうなのである、英語の桜木町先生は穏やかなおばあちゃん先生で、すでにお子さんは成人している筈だった。今更子供ってできるもの? なんて事で、クラス中がザワザワしていると。


「関内様、こちらが問題のクラスでございます。お入り下さいませ」


僕が声がした方を見ると、何故か教室のドアから赤い絨毯が壇上までひかれており、そこへ一人の男性が歩き進む。新しい英語の先生だろうか? しかし、何故かたくさん大人が付き従っていた。


「……君達」


そして、わざとらしく髪をかき上げて、完全にナルちゃんと思しき先生が話し始めた。


「僕が新しい英語担当で関内財閥の跡取りの関内だ。君達のような一般市民ではない。関内財閥の御曹司にして、来年には腰掛けとしてまずは四菱銀行の頭取を務める。君達のような平民ではないんだ! わかる???」


クラスの空気が一気に冷え込んだ。僕達はこの先生が非常識なレベルで傲慢なのが1秒でわかってしまった。


「まあ、良い。多少の無礼は許してやる。さあ、教科書は何ページまで進んでいるんだね? 教えたまえ、普通するよね?」


一方的に話す関内先生。いや、なんなのこの先生? 僕達に微妙な空気が漂う。しかし、藤沢が気を取り直して、教科書の進捗状況を説明する。


「期末テストの出題範囲の56ページまでは、既に終わっていて、多分、桜木町先生は出題範囲の重要な所をテスト前に再確認するつもりだったと思います」


「そう来る?」


あまりにも傲慢な言いように僕達はため息が出そうになるが、相手は先生だし、どうも何だか偉い人らしい、気を遣うよりなかった。


「まあ、無礼は許してやろう。君は、いや、名乗らなくてもいい、いちいち覚えるのが面倒だ。後で職員室まで来て、僕の手伝いをするように、普通、するよね?」


「…わ、わかりました。放課後に伺います」


「よし。放課後にでも私が手隙の時に挨拶に来ておいてくれ」


藤沢はとんでもないヤツに目をつけられたが、クラス委員で、人格のできた藤沢が巻き込まれるのも無理もないと、思えた。


「まあ、そうだな…今日は君達に平民と僕のような選ばれた者との違いを良くわかってもらう事にしよう。最初が肝心だからな。僕はアメリカに1ヶ月ホームスティした事もある、海外通なんだ。僕の本場仕込みの英語の発音を君達に特別に聞かせてやろう」


『なんか英語の教科書を英語で読んでいる』


「まあ、これが本場の発音だ。さあ、悠馬君…僕の次に音読を…してくれるよね?」


何で僕? 僕は冷や汗をかいてきた。何故ならこの先生、絶対英語の発音自慢したいんだよね? この先生、日本人にしては頑張っているもかもしれないけど、ネイティブからみたら幼稚園だよ。


僕はあまり目立ちたくないから、桜木町先生に頼んで、教科書の音読を勘弁してもらっていた位だよ。


3年も英語やロシア語で暮らしてたんだよ? その僕に?


「さあ、早く読みたまえ」


先生の口角が吊り上がるのが見えた。僕、知らないよ。自分で地雷を踏んだんだからね!


『なんか英語の教科書を流暢な英語で読んでいる』


「な、なかなか日本人にしては上手だな、特別にほめてやろう。つ、次、誰か!」


「真白さんがいいと思います」


藤沢が真白を指名する…人格者の藤沢が珍しく意地悪をする。


真白はお父さんがロシア人で、家では英語と日本語ちゃんぽんで暮らしていて、僕と同じようにロシアで2年も暮らしていたんだ。どうなるかは察しがつくよね?


「では、その真白君、読んでみたまえ!」


先生は今度こそ自分の優位を示そうとはやるが、真白の口から紡がれるクールで癖のない綺麗な発音は僕以上に綺麗に聞こえた。


「な、何だって…いや…そんな…まさか…まさか、そんな筈がある訳が…」


先生はプルプルと震えていると…生徒達から苦笑の声が…


「いかん! 僕とした事がぁ! 重要な会議を忘れていた! 首相との会談だった! 今日は自習にする!」


と言うと、そそくさと教室を出て行ってしまった。


それにしても、いくら御曹司でも首相と会談なんて事あるの? それに、そんな人が何で僕らの先生に?


☆☆☆


関内は悠真達の教室を後にすると自分専用の職員室へ向かった。


自分の為にわざわざ1日で使われていない教室を豪奢に改造した部屋だ。


そして、御曹司関内は付き従う従僕達へ冷たい視線を向ける。


「お前たち、事前にあの宗形悠真が英語が得意かどうか調べるべきだろう? 普通するよね?」


先程までの気取っていた空気…優雅な雰囲気…上辺だけではあるが、それすらも何処かに行ってしまって…


「私に大恥をかかせたなぁぁ!!」


「た、大変申し訳ございませんでした!!!」


従僕たちは背筋を伸ばして45度のおじぎで謝った。だが、それだけではこの男は納得しないようだ。


「ミスター三ツ沢! お前は今すぐクビだ!!」


「ええっ!? そ、そんな!?」


いきなり解雇通告を宣言する関内。従僕長の三ツ沢はフルフルと震えている。


「お、お願いします。ク、クビだけは許して下さい。娘が生まれたばかりなんです」


「そんな事はしらないね。きみたちの仕事は遊びみたいなもんだ。これまで食わせてやったんだ。むしろ感謝しろよ。これ、常識だからね!」


「か、関内様! どうかご容赦ください!!」


従僕長三ツ沢は関内の前で泣いて懇願する。しかし関内はその元従僕長を見向きもしない。


「私に恥をかかせた罪がこれ位で済むか! 謝って済む問題ではないわ!」


従僕達には沈黙が訪れる。これまで何人の従僕長がクビを宣告された事か…いや、従僕長だけでは無い。ほんの些細な事でも気に入らないと、この男は従僕をクビにするのだ。


本来なら不名誉な他の仕事への左遷ですら、運がいい方だと思うしかない。


関内は関内家の執事や従僕達をまとめる責任者に最近なった。


彼の父親は息子に名家の仕事の一部を渡した…つまり、彼は彼らの任命権を持ち、人事権も持っている。誰も彼に逆らう事はできないのだ。


彼は典型的なパワハラ上司であった。


関内が先程までの爽やかな風貌が嘘であったかのように嗜虐心を感じる笑みを浮かべると、


「いつものダンボールを持って来い!!」


「えっ!? この場でですか?」


従僕達は驚いた。この男はクビを宣告した従僕長に、その場でダンボールを渡し、私物だけをダンボールに入れさせて、支給品は回収すると言うのか?


ダンボールでだ。本人の屈辱は計り知れない。この男に情けというものは持ち合わせていなかった。


「うっぐ! えっぐ!!」


従僕長は泣きながら、私物をダンボールに入れて、支給品を返す。


この従僕長は代々関内家に使え、子供の頃から関内家の執事長になる事に憧れ、研鑽を重ねて、従僕となり、努力が実り、ついに従僕長にまで昇りつめた。そして、最近愛する恋人と結婚し、娘を授かり、幸せの頂点にいた。この男が関内家の使用人の人事権を持つまでは……


「僕の麾下にいる以上、能無しは排除する! 心がけよ!!」


「「「はぁっ! 関内様!!」」」


主人だる関内に逆らう事は許されない。彼らにできる事は運よく他の部署に左遷されるか、何事もなく定期人事での異動を待つだけである。


「お前ら、気合が足らん! 今すぐ、この僕の職員室の掃除だ!!」


「し、しかし、もうじき定時ですが? 最近残業規制がかかっておりますが?」


「何だと? 貴様、自身の未熟を私が温情で矯正してやろうという慈善行為にも関わらず、残業手当なぞもらおうと画策したか! ええい! 貴様もクビだ! 今すぐダンボール持って来い!」


不用意な発言…いや、正当な意見ではあったが、哀れな従僕がまた一人路頭に迷う。


そして、従僕達は無給で、残業を強いられるのであった。

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