第43話 エースストライカー藤堂の怒り
何で悠馬達みたいな陰キャがこんなにクラスの中で目立ってやがるんだぁ!
悠馬の幼馴染空音を奪ったエースストライカー藤堂、いや、今は部を追放されてただの帰宅部だが、彼はクラス内の変化に憤りを感じていた。
俺がクラスの中心になって当然なのにぃ!
彼は心の中で叫ぶ、以前はクラスの中心人物だった藤沢達のグループより大きな派閥になりつつあった藤堂達だったが、今ではむしろ藤堂の方が陰キャだ。
クラスの中心は藤沢達に戻り、クラスの秩序は保たれた。藤堂が集めた比較的成績が良く、運動神経の方に才能が寄っているクラスメイトや陰キャのクラスメイトが悠馬と大和を中心に派閥を作り始めたからだ。当然、藤堂との距離は離れ、悠馬や大和と藤沢が仲が良い為、より一層悠馬達の派閥は大きくなった。
悠馬達にはかつて藤堂のパシリだった川崎や綾瀬達が集い、陰キャだった三浦達が集まり、みなで楽しそうにしている。
藤堂はついに怒り狂い、かつてのパシりの一人に詰め寄った。
「なぁ、俺、喉が渇いたんだけど、ジュース買ってきてくれねぇかな? 買ってくるよな? エースストライカーだった俺が言ってるんだぞ!」
「はあ? それが何か?」
「なあ! お前、いつからそんなに偉そうになったんだぁ!」
「元エースストライカーだかなんだか知らないが、いつまでもデカい顔するなよな。お前、サッカー部を戦力外でクビになったんだろ? 仮にサッカー部にいれても、ま、お前は補欠なんだろう? サッカー部のヤツに聞いたら悠馬と大和がいれば県大会どころか全国狙えるって言うじゃないか…あいつらほどスゴいヤツらはいねえよ。俺、マジ尊敬するわ」
「ぎゃはははっ、いえてら! ホント悠馬達凄いもんな!」
お昼休みに元藤堂のパシリたちにやじられる。
カッとなり、激しい憤りに頭に血が上る。
同時に負の感情が込み上げて、怒りのあまり耳が熱くなった。
エースストライカーであり、全てが完璧なこの俺を馬鹿にしたな?
ぶっ殺されたいのか?
気が付けば手が勝手に動いて、クズ共の顔面に拳をめり込ませていた。
パシりは鼻から血を流して、崩れ落ちた。もちろん追い打ちに馬乗りになって、殴りつける。
「こいついきなり殴りかかってきやがったぞ! ふざけやがって!」
「お前らが俺を尊敬しないから悪いんだぁ! 俺はエースストライカーだぁ! 県大会を制して、サッカー部を優勝へと導いて、プロになる、選ばれた人間なんだぁ!」
「何が選ばれた人間だぁ! いきなり暴力振るような奴が! むしろクズだろ!」
「五月蠅い! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙りやがれぇ!!」
数人の少しクラスから浮き始めていたやや暴力的なヤツらと藤堂は喧嘩を始めた。
しかし、元サッカー部のエースストライカーの藤堂と相手の差は明らかだった。
素の力が違う、瞬発力が違う。
一人、また一人と殴り、蹴り飛ばして上手く立ち回る。
「藤堂、やめろ! いきなり殴りかかるなんて何処まで無茶だ!」
「クソッ! 邪魔するな! 藤沢!」
「これ以上やると、委員長として無視しえない! これ以上やると悪ふざけじゃ済まされない?」
「はぁ~!? こんなの暴力に決まってるだろ? お前、馬鹿かぁ?」
手近で伸びているヤツの胸ぐらを掴んで持ち上げて、藤沢によく見えるように殴る
「お前は馬鹿か? こんなのがいざこざな訳がないだろう? こいつらが俺に敬意を払わないから、教育を施しているんだろうがぁ! 暴力でなぁ!!」
「藤堂、もうお前を庇いきれん。何度も見逃してきたけど、ここまで堂々と暴力を振るわれると、先生に報告するよりない」
「なんだとぉ! 先生に言うだと? ふざけるな! 先生にチクりなんてしたら、どうなるかわかってるんだろうなぁ?」
「悠馬、頼んでいいか? 悪い」
「はぁあああああぁあ、悠馬? お前、頭に寄生虫でも飼ってんのかぁ? こんな陰キャに俺がどうこうできるとでも思ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
藤堂は最後まで言葉を発する事ができなかった。悠馬にあっさり懐に入られて、宙に舞ったからだ。
「きええええええぇええええええ」
悠馬はあまり容赦しないで投げたため、怪我はないものの、かなりのダメージで、思わず藤堂は吐きそうになる。
こいつらは馬鹿なのか? 未来のサッカーのプロ、選ばれた人間の俺に敬意を表せず、俺を悠馬になんとかさせる? 頭がおかしい!!
既に頭がおかしいレベルになっているのは藤堂の方だが、今までの屈辱からか、彼の脳は正常に機能していないようだ。彼は悠馬にあっさり投げ飛ばされて、意識が朦朧としている状態で、未だに自身がただの凡人にすぎない事を自覚できずにいた。
だが、朦朧とする意識の中でクラスメイトの日吉が吐いた言葉に絶句する。
「流石悠馬君!! 柔道欧州チャンピオンはダテじゃないわね! 川崎も悠馬君位頑張りなよ!! そしたら、惚れ直してあげるから!!」
「い、いや、悠馬と同じレベルで比較するなよ。こいつはちょっと規格がおかしいから、俺、普通の凡人だから、悠馬レベルは、無理ぃ!!」
な、なんだと……悠馬が柔道欧州チャンピオンだと?
ありえない、それじゃ悠馬が選ばれた人間ってなるじゃないか? 有り得ないだろう? 選ばれた人間は俺で、悠馬な訳がないだろう?
それに俺が目指していた県大会の優勝…それに対して、悠馬が既に欧州のトップ? 俺ですら県大会レベルなんだぞ! 悠馬がそんな存在な訳がねぇ!!
俺ですら県大会の優勝の前にレギュラーから外されて…いや、サッカー部を追放されて…なのに悠馬は既に欧州でトップにいた? エースストライカーだった俺を差し置いてあり得ないことをしやがった。
これでは俺がまるで凡人じゃないか!!
サッカーの天才である俺が脇に追いやられて、脇役のような存在の悠馬がでしゃばりやがってぇ!!
高校で最高のスタートを切るはずが……県大会を優勝に導き、歓声と賞賛に包まれて、プロへの道を一気に駆け上るはずだった俺の栄光の道が……。
「藤堂、気分はどうだ? 悠馬を見て、得るものがあったか?」
「…ああ、あったよ。世の中がおかしい」
はぁと溜息を吐く藤沢の声を聞いて俺は確信した。俺の栄光の人生を邪魔したのは悠馬だ。
あいつが何か卑怯な手で俺の人生を妨害している。そして、藤沢達と結託して、俺を不当に貶めているに違いない。
ここ数週間のおかしな出来事は悠馬を犯人としてみれば、全てつじつまが合う。
俺の人生の邪魔しているのは悠馬だ。
これは間違いないだろう。
……必ず悠馬に復讐してやる!
悠馬はやり過ぎた。俺をここまで激しく怒らせた。
おろかな過ちには相応の見返りを払う必要がある事をわからせないとな。
「大丈夫? 藤堂君?」
一人の女子が藤堂の唇から血が出ているのを見て声をかける。藤堂が悔しさのあまりに唇を噛み締めたため、勝手に切っただけなのだが…
「俺に触るなぁ! この雌豚がぁ!」
「きゃあああああ!?」
せっかく手を差し伸べた優しい女子の手を払いのけただけでなく、憐憫の情に対して、かろうじて押さえていた苛立ちの堰が切れて興奮が抑えられず怒りで震える。
そして藤堂はその女子に馬乗りになって、なんと顔を殴った。
「い、痛い……止めてぇ藤堂君」
「なんなんだお前はぁ! 俺を馬鹿にするなぁ!」
「止めろ藤堂、その子はお前の事を心配しただけなんだぞ?」
藤堂はハッとした顔をする。さすがの自身の蛮行ぶりに気が付いたのだろう。
慌てて、今更取り繕って謝る。
だが、クラス中の男子、女子からからは軽蔑の目が注がれていた。
俺は輝かしく人生を送って、賞賛されなければならない特別な人間なんだ。
こんな、たかが高校位でつまずいてなんていられない。
彼の思いとは別に彼の処分は既に決まったようなものだ。男子に理不尽に暴力をふるっただけでなく、何の罪もない、むしろ、彼を心配した女子に馬乗りになり、女の子の顔を殴るという暴挙。そんな人間がこの高校で存在を許されるわけがない。
誰しもが分かった事だが、肝心の藤堂にだけにはわからなかった。
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