第44話 元エースストライカー藤堂学校を停学になる
「れ、
ノックもせず、突然部屋に入ってきたのは藤堂の母親だった。
「なんだよ。勝手に部屋に入ってくるなんて、いくら母親でも酷いぞ!!」
怒鳴る藤堂を聞き流し、母親はなおも言葉を続ける。
「あ、あなた一体学校で何をしたの? た、担任の厚木先生から…それに理事長も同席するって!」
「り、理事長が!?」
「いますぐ来いって!!」
藤堂は突然の事に動揺を隠せなかった。普通に考えれば今日学校で暴力沙汰を起こした事に決まっているが、自分の都合がいい様にしか思考できない彼の脳は…
「り、理事長がきっと俺のサッカー部追放を取り消してくれるんだ!」
「ほ、本当なの? 蓮は不当にサッカー部を追い出されたっていってたけど?」
「いや、理事長は昔サッカー部の選手で、サッカーに詳しいんだ! きっと、俺の存在価値をわかってくれたんだ!」
彼は本当に自己評価が高い男だった。また、彼の母親は子供が大好きな馬鹿親でもあった。
「とにかく早く学校へ行こう!」
「うん、わかったわ。蓮がサッカー部に戻れると良いわね」
藤堂は不快な気持ち一変、意気揚々と学校へ向かった。
☆☆☆
藤堂は晴れ晴れとした気持ちで学校の理事長室に向かった。
理事長室に着くと、そこには担任の厚木凛先生と理事長が待ち構えていた。
「藤堂蓮君。今日呼ばれた理由はわかっているな?」
理事長は厳しい口調で問いかける。この辺で普通察しそうだが…
「わ、わかっています。俺をサッカー部に引き戻してくれるという話でしょう? どうせ、点が取れなくて困っているんでしょう?」
当然、理事長と担任の厚木先生は???となる。それは理事長の怒りを買った。
「馬鹿者! 訳のわからん事を! わが学内で暴力を振るうなど! 被害者はかなりの怪我だぞ! わが学の品位を落としおって!」
「り、理事長、俺は何も……」
何もしていないわけがないが、とりあえずとぼけようとする藤堂。
だが、そんな藤堂の弁解を一喝するように、理事長が鋭く言う。
「山下君、みらいさん。入りなさい!」
理事長がそう言うと、部屋に二人の生徒が入った。二人の親御さんも一緒だ。
「……なにっ!!」
現れた二人を見て藤堂は目を丸くする。
ようやく藤堂は今日呼び出された理由がわかった。
二人は今日藤堂が怪我をさせた生徒のうち、特に被害の大きかった山下君とせっかく優しい手を差し伸べたにも関わらず雌豚と罵られた挙句、馬乗りになって殴られたみらいさんだった。
正直、驚く方が不自然で、普通、こうなる前に両方のご両親へ謝罪におもむくべきだろう。
だが、そんな常識など藤堂にはなかった。
「ちょっと、手が滑っただけなんです!」
「ちょっと手が滑った位でどうやって骨折なんてするんだ?」
「なぁ!」
藤堂はあれ程力任せに殴って突飛ばせば、骨折など取り返しのつかない怪我をさせる事すら考えが及ばなかった。
「……ば、バカな!!!!」
馬鹿は自分である事に未だに気が付かない藤堂。
ここに二人がいるのは当然なのだ。理不尽に殴られ骨折までして、抗議しない親も生徒もいない、そして…
「貴様、女子生徒に手を挙げたのだな! しかも馬乗りになって、拳で殴っただけでなく、雌豚と罵っただと!」
「ち、ち、違うぅ……」
何処も違いはしない、紛れもなく事実だ。
「藤堂君、藤沢君や海老名さんから仔細は聞いているわ。他の生徒からも聞き取りをしたけど、間違いないわ」
そ、そんな、俺の栄光の架け橋が再び築かれ始めている筈が、こんな些末な事でぇ。
藤堂は未だ自分がした事の罪の深さを理解していない。
彼にとって、自分は偉大な存在であり、他者はとるにたらない存在だからだ。
しかし、理事長や厚木先生の真剣な表情から事態は深刻な事だけはわかる。
「蓮! あなた、本当に暴力なんてふるったの?」
「ち、違うんだ! 男はちょっと殴っただけなんだ! 女は鬱陶しいから殴っただけなんだ!」
弁解にすらなっていない藤堂。内容はただの自白である。
「お前はこの山下君とみらいさんを理不尽に暴力を振るい。骨折をさせた。みらいさんに至っては、お前をいたわっての行為にも関わらず、非道で返す悪辣ぶり。ましてや女子に雌豚だと! 全ては悠馬君への嫉妬に駆られての乱暴だな、許しがたき蛮行だ!」
「ち、違います、理事長! 俺は神に誓ってそのようなことはしておりません!」
藤堂は声をうわずらせながらそう主張する。
「とぼけるというのか!」
「ゆ、悠馬の罠なんです! 全部悠馬がぁ、悠馬がぁ あいつが俺を陥れようとしているんです! 信じてください!」
声を張り上げる藤堂。それは演技ではなかった。彼は本気ですべて悠馬の卑怯な仕業だと思っていた。
しかし、それに対して理事長はただただ冷酷に告げる。
「厚木先生、あれを…」
「はい、生徒の一人が録画していました」
厚木先生がノートPCで動画を再生する。藤堂が理不尽に殴りかかるところから、無様に悠馬に取り押さえられるところまで完全に証拠が映っていた。
頭が少しおかしくなってきていた藤堂も流石にもはや言い逃れができなかった。
「り、り、りっ り、じょう……ち、ちが……こ、これは……」
藤堂は震えすぎて、もはやまともに言葉を喋ることさえできなかった。
しかし少しでも自分の身を守ろうと、涙を流し、鼻水を地面に垂らしながら、頭をその場で床に擦り付ける。
「ゆ、ゆ、ゆるして……く……!!ください!! り、りじちょう!!!」
しかし、そんなことをしても――これだけ風紀を乱した者を許せる筈がない。
「藤堂君、君は最後の最後まで自ら罪を認めようとはしなかった。情状酌量の余地はない。これはせめてもの情けだ。君を停学にする。心を入れ替えて来なさい!」
次の瞬間、藤堂の母親が泣き崩れ、藤堂を抱きしめる。
そこへ理事長が厚木先生に目配せをすると、先生は母親をいたわり、これからの事を説明し始める。
殊勝に厚木先生の言葉に耳を傾ける母親。そこには息子の事を想う一人の女性がいた。
しかし、その肝心の息子には母親の気持ちは通じなかったようだ。
母親に連れられて理事長室を去る藤堂――――
「り、りじちょう!!!!! ちきしょう!! お、覚えていろよッ!!!!!」
藤堂の叫び声が響き渡る。
残念だが、母親の心は藤堂にこれっぽっちも届いていなかった。
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