第45話 サッカー部顧問大船、学校をクビになる
場所は変わって、サッカー部の部室がある建物の顧問大船の顧問控え室。
「全く、無能一人が、これ程私を困らせるとは」
不機嫌な彼はストレスの為か普段あまり吸わない高価なタバコをぷかぷかと吸う。
藤堂にそそのかされて悠馬を追放して、サッカー部の士気をあげようとしたが、その悠馬がまさかの攻防の要だった。おかげでかえって部が弱体化してしまった。
「全く、余計な事を言いよってからに」
藤堂の言葉を鵜呑みにした上、悠馬をサッカー部から追放にした大船。勝手に生徒を部から追放になどできる筈がない。 彼のした事は学校の職務規定違反だった。
彼は学園の職務規定を破り、それどころか要の選手を追放するという暴挙、いや無能っぷりを晒しただけの事というには気がつかない。この種の人間はどんなに有能な人間でも無能に見えるが自身が無能な事には気がつかないのだ。
まあ、だが、結局、あの馬鹿な藤堂も追放して、新規起用した茅ヶ崎が予想外に活躍してくれて、なんとか県大会で醜態を晒すと言う最悪の事態だけは避ける事ができた。
悠馬の事はあれはあくまで藤堂一人が悪い事にすればいい。
「俺は関知していなかった。藤堂一人の独断だったのだ」
大船は藤堂一人の独断という考えに帰結させる。
「全く私をこれ程悩ませるとは…」
しかし、悠馬は別に学校を辞めた訳ではない、あとはなんとかサッカー部へ復帰させればいいだけだ。この私が自ら頼めば、ヤツも喜んで復帰するだろう。だが、何かヤツに罰を与えんとな。
「そうだ。ヤツの体育の成績を問答無用で下げてやろう」
部を抜けた罰だと言ってやろう。ヤツの情けない顔が思い浮かぶ。『ざまぁみろ』と嗜虐心を湛えた笑みが漏れる。
「私の煩わせたんだから当然の事だ」
悠馬の前で体育の成績は1だと告げてやり、情けない顔に変わるヤツの顔を思い浮かべて、恍惚とした表情を浮かべる大船。無論、そんな事をすれば学年主任からも父兄からも苦情が出かねず、自身がヤバい事になるに決まっているが、この男にまともな理性と知性はなかった。
だが、そんな愉悦に入っている彼の気分は木っ端みじんに打ち砕かれた。
「大船先生!! 大変です!」
部屋へノックも無く後輩の先生が入ってきた。
「お前、先輩への礼を欠いて、無断で部屋に入ってくるなぞ、無礼がすぎるぞ!!」
しかし、そう一喝されても後輩先生は言葉を続ける。
「大変ですよ! 大船先生! り、理事長から至急理事長室へただちに出頭せよとの指示が!」
「理事長から、いきなりの指示?」
「至急来いとの事です!!」
大船はあまりに突然のことに動揺を隠せなかった。しかも、突然なのである。
…ま、まさか悠馬や藤堂をパワハラで部をクビにした事がバレたのか?
い、いや。しかし証拠なぞ無い筈。藤堂や部員達の独断にすればいい。
いや、意外と私のサッカー部強化への労いかもしれない。
無能な彼はそんな訳がないだろうという事さえわからないのである。
サッカー部顧問大船は意気揚々として理事長室に向かって歩いて行った。
理事長室に着くと、理事長が厳しい顔で待ち受けていた。
「サッカー部顧問大船。今日呼ばれた理由は理解しているだろうな?」
理事長は厳しい口調で大船に詰問する。
「い、一体どうされたのですか? 理事長。突然のおよびだしに、ただただ驚いております」
大船は本気で呼び出しの理由がわからなかった。しかし、それがかえって理事長の怒りを買う。
「いい加減にしろ。大船! お前は、あの天才悠馬君を不当に部を追い出したな! そして、藤堂君も! 彼らだけではない! 他にも何人も辞めさせただろう?」
「わ、私は何も知りません。一体 何の事でしょう?」
しかし、シラを切る大船の事なぞ、既にお見通しの理事長は、
「藤堂君、入りたまえ!」
理事長が声をあげると、理事長室に情けない顔をした、あの元エースストライカー藤堂が入ってきた。
「……なッ!!」
藤堂を見て大船は目を見開く。
藤堂が本当の事を言ってしまえば、いい逃れが厳しくなる。
「俺は大船先生にサッカー部をクビにされました。悠馬もです」
「う、嘘だ! そ、そんな事はない!!」
藤堂の発言に戸惑いを隠せない大船。いや、生徒を勝手に部から追い出しておいてバレないと思っていたのか? そんな権利は教師にはない。むしろ今までよくバレなかったものだ。
「全ては元サッカー部の父兄諸氏、そしてこの藤堂君からの証言で判明している」
大船は冷や汗がじっとり肌にしみる。
「お前はサッカー部の要である悠馬君を不当に追放し、部の戦力を大幅に低下させてしまった。いや、それ以前にクラブ活動は生徒の人格形成のための活動だ! お前は一体何を考えて勝手に部員を追い出したりしたのだ?」
「いや、私は厳しい指導で、切磋琢磨させようとしただけなんです! 生き残り競争に勝ち残った者が真の強者になれると思ってぇ!」
実際に大船はそのつもりでいたのだが、サッカーに無知な彼はむしろ有能な部員を大勢追いやってしまった。
「クラブ活動はあくまで生徒の人格形成のために行なっている! 生徒を不当に追いやるなど許しがたい職務規定違反だ!」
「お、お待ちください。確かに悠馬君殿の退部の責任の一端は私にもありますが、決して私めが画策した事ではございません。そこの藤堂が勝手にやった事なんです!」
あくまでシラを切ろうとする上、全部藤堂のせいにしようとする大船、しかし、
「シラを切るのもいい加減にしろ!! 証拠は全てあがっている!」
「な、何かの誤解です!!」
「これは元部員からの告発状、そしてこちらが部の現役選手から告発状、そして、これは藤堂君の証言書だ! それに現役部長からの供述も直接得ている!」
理事長自ら告白状と証言書を読み上げる。ここにサッカー部顧問大船の罪の全てが暴かれた。
「り、りっ、理事長……こ、これは……」
大船の冷や汗は既に滝の様に流れ落ちていた。しかし観念して、少しでも自分の罪が軽くなる事を計算し、
「た、大変、申し訳ございませんでした……」
大船は手慣れたように、頭を地にこすりつけて、土下座した。もう、顔面を地面にこすりつけている。ドン引きする位、見事な土下座だった。そして、涙と鼻水を床に垂れ流しながら、頭を何度も床に擦り付ける。
「お、お、おゆるし…を!? か、か、かんだいな、かんだいな処分を、り、りじぃちょぉうぉお!」
全てが遅すぎた。彼は無能な上、理事長の信頼をも裏切った。早く事実を報告し、謝罪していれば、理事長の怒りもこれ程ではなかっただろう、そう、もう遅すぎたのだ。
「貴様は最後までシラを切ろうとした。しかし、そんなことをしても、もう遅すぎる。自ら罪を認めようとはしなかった。情状酌量の余地などない。貴様はこの学園をクビだ!」
「が、学園をクビ? 私をクビだなんて、私は一体どうしたらいいのですか?」
大船は自身が先生をクビになるなど、考えた事もなかった。自分は優秀な人間、そう本気で信じて疑らなかった。しかし、
「この男に今すぐ解雇通告をせよ!! 既に理事会の承認は得ている!!」
そして、理事長が手をあげ、処分が決まった事を示唆する。部屋のドアを開け、他の先生達が入って来て、大船の腕を掴んで無理やり立ち上がらせ、引き連れられて行く。行先は…もちろん総務室…退職の手続きを行う場所だ。
「そ、そんな馬鹿な! 優秀な私がクビになぞ、そんな馬鹿な事があっていい筈がない!」
大船の叫びが虚しく理事長室にこだまする。しかし、誰もが不快を感じて顔をしかめる。
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