第54話 廃工場での決闘2
「いやぁぁぁぁあ!」
悠馬の叫び声が上がる、それは全身全霊をかけた古武道の奥義を実践するための気合。
木刀を持った剣道の有段者への対応には2種類しかない。
一つは武器を奪う事、これは基本で、戦国時代に起源を持つ古武道にこの種の考えは多い、だが、この場では使えない。
一対一ではないのだ。武道の最大の課題は複数対一の究極の状態だ。
どのような修練を積んでも、数には勝てない。
例え二宮の木刀を奪っても、他の人間に奪われれば、やはり二宮の手に木刀が戻ってしまう。
複数対複数なら決断が違っただろうが、悠馬はこの状況で決断していた。
木刀を破壊する。自分の左手を犠牲にして。
悠馬は二宮の小手をあえて左手で受けた、もちろん力は極限まで逃がす努力をする。そして!
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
木刀を左手に受けた悠馬は左手と右手両方を使い、木刀をつかみ、木刀を軸に身体を跳ね上げて、二宮の首に足をかけ押し倒した。そして、
「あああああああああああああああ!」
悠馬の古武道の奥義、『如来活殺』、自身の片手を犠牲にして相手の剣を折る、究極奥義。
バランスを崩した二宮は悠馬の脚に首を抑えられて、動けない、そして地面と藤堂の身体の2点に支えられた木刀が悠馬の身体全体でへし折られる。
「なんだとぉおおおおおおおおおお!」
二宮の叫びがこだまする。しかし、悠馬はすぐに二宮への技を解いた。一対一なら悠馬の勝ちだった。このまま締め落とせばいいだけだが、あいにく二宮には仲間がいた。締め落とすには数十秒時間を要する。そのため、一対一では圧倒的に有利な柔道の締め技は有効な技ではない。
「お前…そこまでするのか? お前、左腕、折れてるぞ?」
悠馬の左腕はぶらりと揺れていた。最後の気力を絞って木刀はへし折ったものの、あまりの怪我に神経がつながらない。意外と痛みは感じていない。人間は身体の損傷が大きすぎると痛みを一時的に感じなくなる。
「…片手でも素人相手ならなんとかなるさ」
はったりではなかった。片手でも素人相手ならなんとかなるだろう。幸い、悠馬は狭い後ろを壁にするスペースに移動できていた。この場所なら、同時に相手にするのは二人だけ。地の利を利用するのは武人の常識。悠馬は即座に一対複数の最適戦闘位置を計算していた。
「…素人だったならな」
「―――――!!!!」
悠馬が再び無言の叫びをあげる。二宮は空手の構えを見せた。おそらく有段者。彼だけではなかった。柔道、空手…全員経験者だ。
「積んだな、お前。俺の木刀を折るとはみあげたヤツだ。だが、ここまでだな。おとなしくヤラれて、この女が犯されるのを黙って見ていろ!」
「そうはいくか!」
「悠馬、強がるなよ、何ならお前にも空音の味を味あわせてやろうか? ええ?」
藤堂が勝ち誇った顔で、悠馬を挑発する。
「それはいい考えだな。俺の木刀を折った褒美に最初にこの女を抱かせてやろう。悪い話じゃないだろう? それを飲むのなら、痛い目に合わせるのは止めてやろう」
「に、二宮さん、そんな、酷い!」
藤堂が見当違いの抗議の声を上げる。
「お前の元恋人だったんだろう? どうせ、お前らまだだったんだろう? いいのか他の誰ともわからん男にこの女の初めてを奪われても?」
「空音の意思に反するような事はできない。僕はそんな卑怯な男じゃない!」
悠馬は怒りのあまりに震えていた。
それは幼馴染の空音が理不尽な暴力を受けるかもしれない怒り、止められない無力な自分への怒り、そして最低な提案をしてくるこの男達への怒り。
「いや、案外、この女は最初はお前がいいと言うかもしれないぜ。知ってるぜ、この女、お前を振ったくせに、またお前に心を戻したんだろう? なら、初めてをお前が頂くのはお互いWin Winじゃないか、俺達、優しいだろう? お前たちにこんな優しい慈悲を与えてやるんだぜ」
薄ら笑いを浮かべて二宮が言う、慈悲? 違う、この男は徹底的に目の前の弱者をなぶるつもりなのだ。人の弱さに付け込んで、自身と同じ低いレベルのところへ引きずり込む、それがこの男の狙いなのだ。
「空音は僕が命に代えても守る!!」
悠馬はこの理不尽な男達に絶対屈したくなかった。左腕は使いものにならない。
しかし、死ぬ気で何とか空音だけでも守り通したい。
その為には自分の知る限りの柔道や古武道の外道の技を使う決意をした。
もちろん、それでも彼に勝つ見込みはほとんどなかったのだが…
「仕方がないな。交渉決裂か。せっかくいい提案ができたのにな、お前ら、やれ!」
二宮の声と共に二人が悠馬の前に進みでる。二人とも空手の構え、微妙に構えが違うのは流派の違いか? もう、死闘を演じるしかないと、誰しもが思ったその時!
「お前ら、待て!! 悠馬に怪我させやがって!!!」
「藤堂、お前が犯人なのか? どこまでお前、堕ちたんだ?」
懐中電灯の光と共に数人の男達がやってくる。
「間に合ったようだな、悠馬!!」
「や、大和!! それに川崎、綾瀬、三浦君!!」
そこには親友の大和をはじめ、最近知り合った友達たちが10人はいた。
「友達のピンチをほおっておくほど、雪ノ下高校の男子は薄情じゃないぜ!!」
険しい顔をする二宮、しかし、彼の決断は早かった。
「かまわん、どうせ素人だ。何とかなる!」
すぐに喧嘩が始まった。悠馬も目の前の空手の有段者の相手に死闘を演じる。
喧嘩が始まってほんの3分もたたないうちに、突然サイレンが鳴った。
「ま、まずいぞ! お前ら、ずらかれ! 警察だぁ!!」
「そうは行くか!!」
気が付くと、既にのされて目の瞼を切り、血を流している三浦君が一人の男の足にしがみつく、
「く、クソっ! こいつ!!!」
他のみなもそんな形で、暴漢達が逃げられないように逃げ道をふさぐ。
「それまでよ。あなた達、観念なさい!」
「こっちです。お巡りさん!!」
そこに現れたのは真白と藤沢だった。そして、警官達の姿が見える。
「これは通報通り、ただの学生の喧嘩では無いようだな、お前ら、署でたっぷり事情聴取だ!」
警官達はたちまち暴漢達を取り押さえた。だが、警官には悠馬達と暴漢達の区別ができないようで、全員取り押さえられてしまった。
真白と藤沢と、意識を失っている空音以外…
「なあ、藤沢、なんでお前だけ、酷い目にあってないの? おかしくない? 僕、こんなに身体はったのに、犯罪者みたいに扱われているよ?」
「安心しろ、悠馬、事情は既に話してある。臭いメシを食らうのはせいぜい1日だけだ」
「だから、なんで藤沢だけ、臭いメシ食らわなくていいの?」
抗議の声を上げたのは顔のあちこちに痣や傷を作っている悠馬と大和だった。
「まあ、誰かがお巡りさんを迅速に誘導する必要があったからな」
「お、お前、絶対こうなる事わかっていて、お巡りさんを誘導する係をかってでただろう?」
川崎も抗議の声を上げる。
こうして、廃工場での闘いは決着がついた。だが、みな、同じ気持ちだった。
「「「「「「藤沢だけズルい!!!!」」」」」
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