第53話 廃工場での決闘1

悠馬は全速力で廃工場へ向かって街を走り抜けた。


空音をさらったのが誰かはわからないが、何か自分への罠である事は間違いない。


普段冷静な彼も自分に迫る危険について深く考えなかった。


とにかく、空音を助けなければ!


ただその思いの衝動にだけ突き動かされる。


そして10分ほど全速力で暗がりの路地を走っていくと、目的の廃工場にたどり着いた。


廃工場とは言っても、他人の敷地だ。普段なら決して立ち入る事はないだろう。

廃工場は元は機械加工などを行う小さな工場だった。


日が落ちかけていて、中は薄暗い。歩を進めるのも慎重になる。相手が何人かわからない。気配を感じながらゆっくりと進む。


すると、小さな照明が灯った場所があり、その下に一人の男がいた。


その男の顔に悠馬は目覚えがあった。


「と、藤堂!?」


そう、そこにいたのは、元サッカー部のエースストライカー藤堂だった。


「やっぱり悠馬が来たか…全くとんでもないミスしやがって…だが…」


藤堂の顔には歪んだ笑みが。そして藤堂の足元には手足と口をガムテープで縛られた空音の姿があった。どうやら意識を失っているらしかった。


「一体どういう事なんだ?」


悠馬も藤堂が自分の事を嫌っている事は察していた。しかし、別に悠馬は特別藤堂に何もしていない。


藤堂の悠馬への怒りは理不尽極まりないし、悠馬が藤堂の怒りを知っている筈もなかった。そもそも逆恨みの上、ほとんど自業自得で、他者から理解できる思考ではなかった。


「どういう事? 簡単だよ。目障りなお前をいたぶるためさ!」


悠馬もさすがに藤堂が善人だとは思ってはいなかったが、まさか人を誘拐して報復を考えるほど腐りきっているとは思いもしなかった。


「お前のせいで、サッカー部を追い出された。俺の進路を不当に妨害して、俺を陥れようと図ったんだ!!」


「そんな、一体何を言って……」


「とぼけるな! じゃなければ、なんで俺が栄光の道を歩いてなくて、陰キャなお前が人気者になってるんだ! そんなのおかしいだろう!!」


悠馬には藤堂の言っている事がさっぱりわからなかった。


藤堂の中では悠馬が自分の栄光に嫉妬し、何か陰謀を巡らせて、自分が不当な扱いを受け、悠馬がズルして脚光を浴びているという妄言は、彼の中では既に決定的な事実になっていた。


どう考えても無理のある話だが、プライドが高く、他者への敬意などを持ち合わせない藤堂には、自分に都合がよい話しか信じる事が出来なくなっていた。藤堂は堕ちるところまで落ちていたのだ。


「とにかく、お前さえ痛めつけて、お前の陰謀を阻止すれば全て解決するんだ。だから痛い目にあってもらおう!」


と、そう言うと指でパチンと音を鳴らす。すると、どこに隠れていたのか素行の悪そうな男たちが5人ほど出てくる。


「お前を散々痛めつけてやる、そして二度と俺の邪魔をできないようにしてやる!」


「たった6人で僕をどうこうできると思っているの?」


はったりだった。悠馬は柔道を極めた人間だが、一対複数がどれだけ不利か熟知していた。


「宗形、お前は柔道をやってるんだよな? なら、これがどういう事か、わかるよな?」


声を出したのは二宮だった。彼の手には木刀が握られていた。


「――――ッ!!」


悠馬の顔が曇る。剣道三倍段…有名な話だ。どの格闘技が最強か? よく論議されるが、悠馬は答えを知っていた。

それは剣道だ。いや、正確には何か武器を使った武術の方が徒手空拳だけの武道よりはるかに強い。

これは紛れもない事実。


「残念だったな? 悠馬、たっぷりなぶり倒してやるから安心しろ、ククッ」


藤堂が嗜虐心をたたえた歪んだ表情で薄ら笑いを浮かべながら話す、しかし更に最悪の事態が迫っていた。


「おい、藤堂? こいつを痛めつけるだけじゃダメだろう? こいつの目の前でこの女を犯らないと十分な罰を与えられないぞ?」


「し、しかし、空音は悠馬を振って、別れたんですよ。悠馬に罰になるのですか…」


流石の藤堂も先日まで彼女だった空音を凌辱するというのは気が引けたのかおよび腰だ。


「じゃ、本人に聞いてみよう。おい、宗形、この女をお前の目の前でみなで犯す。黙って見ているなら、お前には何もしない…もっともこの女を犯っているところを写真にとって、これからも俺たちの処理係になってもらうがなぁ!!」


悠馬の拳に力が入る。ほんの少し前まで空音を恨んだ時もあった。

でも、例えその頃でも悠馬にそんな事が許容できる筈がなかった。

誰であろうとそんな理不尽な扱いを受けていい筈がない。


例え自分を振った元カノだからといって、黙ってみている事なんて悠馬にはできない相談なのだ。


「断る――――」


悠馬は毅然として言った。二宮は顔をぐにゃりと嗜虐心に満ちたモノへと変えると、


「ほらな、やっぱり犯らなきゃダメだろう?」


「どうやらそのようですね。流石先輩です。二番目は俺でお願いします」


つい最近まで付き合っていた元カノをみなで凌辱する…


たいていの人間ならできないだろう。

振られたからといっても、相手をそこまで凌辱する事は既に鬼畜の所業だ。

藤堂はもう、あっち側の人間になっていた。


「…もう闘るしかないな、久しぶりに燃えるぜ、それに美味しい思いができそうだ、これだけの上玉をおもちゃにできるんだからな、ふふッ」


二宮が木刀を構える、構えに隙は無い、明らかに有段者だ。


「空音に乱暴なんてさせない!!」


構えを見せる悠馬、しかし、悠馬の顔には焦りが見えていた。


「痛い目にあって、お前の元カノが凌辱されるのを黙ってみていろ!!」


二宮は早々に討って出た。当然だ、躊躇する必要などない、二宮の方が圧倒的に有利なのだ。


悠馬は二宮の初手をかわすと、懐に入るように動いた、だがそれは誘いだ。本当の狙いは。


「見え見えなんだよ!!」


悠馬の狙い通り、懐へ入ろうとした悠馬の小手を狙う二宮。だが、それが悠馬の狙いだった。


「いやぁぁぁぁあ!」


悠馬の気合が廃工場にこだました。

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