第52話 元エースストライカー藤堂の復讐
「……あいつ、サッカー部をクビだってよ」
「……いや、あいつサッカー部に残れても補欠の実力しかないんだってよ」
「……あんなに偉そうにしておいてか? 笑えない?」
藤堂は耳に入る同級生の雑言に怒りを感じていた。
『全部、悠馬の仕掛けた罠なんだ! 本当は俺には実力があるんだ!』
藤堂は未だに悠馬のおかげで得点できていただけで、悠馬がいない自分がサッカーのフィールドに立つ、カカシとほぼ同じモノへと成り下がっている事に気が付かない。
『ヤツの悪知恵で、俺の人生を妨害されているんだ!』
彼は事実を納得できないばかりか、全てを悠馬のせいにしていた。彼の中では確定事項なのだ。彼に自己を振り返るような殊勝さはなかった。
「クソッ!! あの卑怯者め!!」
居づらい教室を抜け出して、廃部になった書道部の部室に入った藤堂は、置いてあった椅子や机をあらん限りの力で蹴飛ばす。
「おいおい、ずいぶん荒れているな、藤堂、どうしたんだ?」
「…二宮先輩」
廃部になった書道部の部室には先客がいた。タバコをふかせて、制服を着崩したあきらかに素行の悪そうな藤堂の上級生。
藤堂はクラスにとうとう居場所がなくなり、最近入りびたり始めたのがここだ。学園中の嫌われ者が集まる吹き溜まり。
彼は落ちぶれて、とうとうこんなところに出入りするようになった。
「二宮先輩、お、俺、悔しいんですよ、俺の位置が不当に悠馬に奪われて!!」
二宮は実際のところを十分に把握していた。だが、そんな藤堂に彼は存在価値を認めていた。
いや、利用できる人間だと…扱いやすい切り捨て要員だと認識していた。
「しかし、藤堂……宗形相手では、喧嘩でも勝てんだろう?……」
二宮は悠馬の実力も熟知していた。以前真白が学校の正門で襲われたところを悠馬が助けた。その一部始終を見ていた。
藤堂を利用して美味しい思いをする。しかし、悠馬にまともに喧嘩を売る気にはなれなかった。流石にそれくらいことは粗暴な彼も理解していた。理解できないのは藤堂位だろう。
「ならば、方法は一つしかないだろう?」
「……何かいい方法があるんですか?」
藤堂は二宮の誘いにあっさりのってきた。甘い誘いはたいてい身を亡ぼす甘言なのに。
「……宗形悠馬の大事な人を傷つけるんだ」
二宮の口からでてきた言葉に藤堂は息を飲む。
もちろん、二宮は藤堂を利用するだけのつもりだ。美味しい思いをする為の犠牲者。
「……宗形悠馬には恋人がいるんだろう?」
「し、不知火真白ですか?」
「不知火をさらって、犯っちまえばいいんだよ」
そんな事をすれば犯罪者だ。場合によっては一生を棒にふる。藤堂も以前ならこんな甘言に惑わされる事はなかったろう、しかし、
「悠馬の女をさらって…犯すんですか?」
「犯っているところを写メれば、警察にも言えない。完璧なプランだ……」
藤堂は真白を汚されて、情けない顔を浮かべる悠馬の顔を思い描いて、思わず笑みをこぼした。
「あの無能の悠馬に正義の鉄槌を与えるんですね。ヤツに心の底からみじめな思いをさせる事ができるんですね!!」
藤堂はついに犯してはいけない犯罪者の心理に迷い込んでしまった。
二宮は自分の手下を藤堂に貸した。そして、真白に一番槍を突き付けるのは自分だと勝手に宣言した。二宮は、既に罪をいくつか犯していて、まともな人生を歩める男ではなかった。
彼がこの学園に在籍できるのは、親の金の力だ。体裁を気にした両親がせめて高校位はと、金で何とか在籍できていた二宮。だが、彼は既に暴力団などに出入りしていて、そっちへの道を進むのは時間の問題だ。
とりあえず美味しい思いをして、藤堂に全責任を負わせる。万が一自分に火の粉が降りかかったら? その時は仕方ないや。彼は既に人生をあきらめ、闇の世界に入り込んでいた。
☆☆☆
「え!?」
真白が驚いた声を上げる。一通のLi〇eが着信したからだ。それは空音からのものだった。
だが、空音からのメッセージはおよそ空音からのものではなかった。
『不知火真白へ、高崎空音を助けたかったら、一人で添付の場所に来い』
「そ、空音!?」
二宮の手下はミスをした。真白をさらおうとして、空音をさらってしまった。
空音は最近、やさぐれて、綺麗だった黒髪を茶髪にしていた。だから、悠馬の家の近くを歩く空音が真白と間違えられた。
「どうしたの? 真白?」
「た、大変よ! そ、空音が、ゆ、誘拐されてる!!」
真白が叫び声をあげた。悠馬がたまらず駆け寄ってくる。
「……そ、空音からLi〇eが…潰れた工場の跡地に来いって…これ、誘拐犯からのメッセージよ!!」
「え!?」
驚く悠馬に真白は
「どういう事かしら? 空音を誘拐して私に来いって? どういう事?」
「文面はどう書いてあるの? 見せて?」
「うん、お願い!」
真白は震える手でスマホを悠馬に渡した。
「空音は真白と間違われて誘拐されたみたいだ。悠馬には言うなって…これ僕への何かの報復だ」
「悠馬を呼び出すために人質として誘拐されたけど、私と間違われたってこと?」
まさしくその通りだった。
「……助けに行かなきゃ」
悠馬の決意は早かった。自分を振った元カノと言っても幼馴染だし、誰であろうとこんな非道な事を放置できる筈がない。ましてや自分が原因で空音が何か被害に遭うなんて、考えたくもない。
悠馬はすぐさま、誘いに乗る決意をした。
自分の身の危険より空音の方が心配だ。いや、空音を傷つけるなんて考えたら、腹が立つ。
悠馬の失恋の痛手は既に回復していた。二度と会わないと決意をしたのも、自身と空音の為と信じている。だけど、今、空音を助ける事が先決だ。そこに何の迷いもなかった。
「真白は藤沢と警察に電話して! 僕はすぐに現場に向かう!」
「うん、わかった。今日は止めない。でも、無茶しないでね?」
悠馬はこくりと頷いた。それが嘘である事は真白にはよくわかっていた。
自分の幼馴染の性格をよく知っている真白は悠馬を止められない事も、悠馬が無茶をするに決まっている事もよく理解していた。
「気を付けてね!!」
「ああ、もちろんだよ!」
悠馬はそういうと、勢いよく指定された廃工場に向かった。
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