第48話 陽葵ちゃんの婚約者候補とテニスで勝負

「全くこの間は下僕の失態のせいでとんだ恥をかいた!」


新しい英語の先生、関内は怒り狂っていた。彼が悠馬に敵意を向けるのには実は理由があった。

彼は残念財閥子息ではあるが、おつむが少々足らず、他の兄弟と違って、明るい未来はない。

小さな会社で社長という名前の窓際族になるだけの未来しかなかった。


そんな彼にとって、一縷の望みが最近浮上した葉山家の令嬢との縁談だった。


そう、関内は葉山陽葵ちゃんの婚約者候補だったのだ。


彼にとって、この縁談は起死回生のチャンスだった。

実は陽葵ちゃんも残念令嬢で、彼女と婚約しても何も変わりはしないのだが、日本屈指の葉山家の令嬢を手に入れる事は彼にとって、この上なく魅力的な話だった。


これで何もかもが変わる。彼はそう信じていた。なんの根拠もなく…


そして彼にはライバルが現れた。

陽葵ちゃんの自称家庭教師…何処の馬の骨だかわからない平民風情がどうも令嬢にちょっかいを出している。

彼は焦り、無理矢理この学園に先生として赴任してきたのだ。むろん、彼は教員免許などもっていない。


場面は代わり、体育の時間。今日は体育の教師大船が辞任(ほんとはクビ)したため、悠馬のクラスはグラウンドで自習になっていた。


彼はこの好機を逃さなかった。彼の唯一の長所、彼は運動神経は比較的よく、高校の頃、テニスで県大会まで進んだことがあった。


「宗形(悠馬のこと)はテニスに関しては素人なんだな?」


「はい、間違いありません。ロシアも日本も、全世界を調査しましたが、宗形悠真という選手の記録はございませんでした。素人でできるテニスレベルと思われます」


「よし、お前達にしてはよくやった。まあ、お遊びみたいなものだがな」


彼は従僕達に悠馬のテニス歴を調査させた。従僕達は必死で調査し、日本だけでなく海外の全てのデータを調査して、悠馬にテニスの大会などの記録がない事を突き止めていた。


そして、


「やあ、宗形君、今日は自習だそうだね? 僕とテニスの試合でもしないかね? するよね? 普通?」


「えっと、なんですか? 先生、突然?」


悠馬は真剣に訳がわからなかった。悠馬は先生が陽葵ちゃんの婚約者候補である事は知らない。当然、自分に悪意を持っている事も知らない。


「ちょっと手持ち無沙汰で、君とテニスをしたくなってね? 君、テニスの経験は?」


「えっと、たまに妹と週末に遊びでする位で、特に活動はしていないですけど?」


ニヤリとほくそ笑む。


「それは偶然だな。僕もテニスは嗜むが素人レベルで、ちょっと、久しぶりにテニスをしたくてね、僕ってやりたい事は今すぐやりたい性分なんだ」


「…しかし」


悠馬が戸惑うのも無理はない、体育は自習で、今はちょうどみなでソフトボールをやっていた。

それを突然止めてしまうのはみなに悪いし、この先生に付き合ってテニスをする意味もわからない。


「君がテニスをしてくれないと、明日の英語の授業で小テストを抜き打ちでやるぞ?」


「ゆ、悠馬! テニスをしてくれよ!」


「そうだ。急に小テストなんてやだよ」


「ええっ!?  そんなぁ~」


悠馬はせっかく楽しんでいたソフトを中断させられて、少し萎える。しかし、他の生徒に後押しされて、選択の余地はなさそうだ。


「わかりました、先生。テニスの相手をさせて頂きます」


「ありがとう。感謝するよ」


ニヤリと歪む笑顔を見せる。彼はみなの前で悠馬を打ちのめすつもりだった。

そして、陽葵ちゃんのクラスも自習だった。

彼が工作して、突然の自習にしたのだ。もろん従僕達にテニス対決の事は陽葵ちゃんや他の女子達にも伝える。


「じゃあ、サーブは君からでいいよ。大人気ないからな、手加減はするから安心してくれ」


「お願いします」


もちろん彼は容赦などするつもりはなかった。彼はこの日の為に猛練習を重ねていた。


「(さあ、どんなサーブを打ってくる? 下からサーブか? それともちょこんと当てるだけのサーブか?)」


普通、素人がまともなサーブなど打てない、たいていコートに入れるのがやっとのぬるいサーブがやってくる筈だった。しかし、


『ビシッ』


何か稲妻のようなモノが走ったような気がするが気のせいだろう。


「フィフティーンラブ」


「な、なんだとぉ~!!!」


今、彼の足元を走った稲妻は悠馬のサーブだった。あっさりとサービスエースを取られる関内。


「そ、そんな馬鹿な!? 僕だってあんなサーブは打てない!!」


いや、ただのビッグサーバーに違いない。返しさえすれば。彼はそう思った。しかし、


「ゲームセット!? 勝者宗形悠馬君!!」


「きゃあぁぁぁああ!? 悠馬先輩、すご〜い♪」


「悠馬様!? 素敵です!?」


従僕達の努力により1年生の陽葵ちゃんや他の1年生達が集まり悠馬に熱い視線を送る。


「悠馬、お前、テニスも上手いのか? ほとんど反則じゃないか?」


「えっ!? 僕、テニスは素人だよ。ロシアにいる時、親切なおじさんに教えてもらったから基礎とルール位は知ってるけど、まともな試合なんて、妹の琴里としかした事ないよ」


なんだと? 素人なのになんであんなサーブが打てる? いや、サーブだけじゃない、完璧なフォーム、必死でサーブを返してもどんどんドツボに追い込まれる。こちらのサーブはいとも簡単に返されてサーブ権のアドバンテージなんてない。それが、素人だと?


関内が疑問に思う、県大会レベルと言っても関内に勝てる素人など存在する訳がないのだ。


「そういえば、あのおじさん今頃どうしているかな? 今度電話してみようかな? あのおじさん不思議な人で、小麦粉系の食べ物食べないんだ。それに、自分の事あまり人には話さないでくれって、ホントに不思議なセルビアの人だったなぁ」


小麦粉系の食品を食べない? セルビア人? ま、まさか? まさか!? 関内は焦る。


「ねえ、悠馬、そのおじさんって、なんて名前なの? もしかしジョ〇ビッチなんて言わないよね?」


悠馬の友人の大和が聞く、彼も気がついたのだろう、悠馬の師匠が誰なのか、そう、それは


「へぇっ? なんで大和がジョ〇ビッチおじさんの名前を知ってるの?」


「お前、写真とかある? そのおじさんの?」


「あるよ。見る? 凄い細マッチョで、不思議なおじさんなんだ。一体何の仕事している人かな。この人、いつもテニスばかりしてるんだ」


それはそうだろう、悠馬の師匠は…プロテニス世界ランキングNo.1のジョ〇ビッチ選手だった。


「あちゃ~、やっぱりジョ〇ビッチ選手かぁ~」


「ええっ!? あのおじさんって有名人? もしかして悪い事したのあの人?」


悠馬は無自覚だが、テニスにも才能があった。ジョ〇ビッチは悠馬に興味を持ち教えた。もちろん遊び程度ではあるが、当時、素人とのたわいもないプレーは彼の心の鎮痛剤だったのだ。当時の彼は負傷からのリハビリ中だった。


もちろん、悠馬がトップレベルのテニスプレーヤーになっていた事は間違いない。ジョ〇ビッチにとっても、軽い練習する位にはうってつけだったのだ。


「あちゃ~…お兄ちゃん、とうとうおじさんの正体に気がついちゃったのね」


気がつくと妹の琴里がそばに来ていた。


「テニス部の大型ルーキー琴里ちゃんだ!」


「ホントだ! 本物だ!」


周りがザワザワしだした。


悠馬の妹の琴里は最近イメチェンしていた。兄に対して、それまずくない? という感情を持ってしまい、自身の女の子磨きを始めた。

以前は制服のスカートの丈も長く、眼鏡で地味を装っていた。

しかし、最近の兄、悠馬を見ていて、彼女も帰国子女の悪夢から逃れようと眼鏡を外し、他の子と同じようにおしゃれをして、手っ取り早く日本人らしくなるため体育会系のクラブ、つまりテニス部に入部していた。


「琴里って有名人?」


悠馬は大和に聞いた。正直、テニス部に入った事は知っていたけど、大型新人って?


悠馬は自分が学生では世界レベルのテニスプレーヤーである事を知らなかった。彼のテニス仲間は世界ランキングNo.1の超人だったので、感覚がおかしかった。


そして妹の琴里に勝てる選手はこの学校には誰もいなかった。男子ですら…


ちなみの悠馬達兄妹にはスケートを教えてくれる親切な女の子の友達がいた。いつも秋田犬を連れていたので、日本人という事もあり仲良くなった。


彼女の正体は…ロシアの女子フィギュア選手ザ〇トワさんだとかなんだとか…


みなそれを知ったら遠い目になっていた事だろう。


☆☆☆


「この、愚か共がぁ!!」


「た、大変申し訳ございませんぇん!」


関内は自業自得にも関わらず、従僕達を叱咤していた。最初は悠馬のテニス歴を察知でなかった従僕。


「お前はクビ! 退職金も年金も無しだぁ!」


「そ、それだけはお許しくださいぃ!!」


情け容赦ない関内は次々と従僕達にクビを宣言していった、それも退職金や年金も出さないと言い切った。もちろん、違法で、後日大変な事になる。


しかし、関内は気がつかない、多くの生徒がいる学園内で、従僕達に次々とクビを宣告する金持ちが生徒の目にどう映ったのか? しかも、悠馬にボロ負けして見苦しい事この上ない。


彼が後日懲らしめられる時にはたくさんの生徒の目が証拠となるのである。だが、それは、後日…

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