第12話 運動会(サッカー大会悠馬視点)

試合開始の笛の音と共にピッチを駆け上がる。つまり僕は攻撃陣に参加している。


初めての経験……藤沢は守備を忘れろと言ったけど、本当に大丈夫なんだろうか?


エースストライカーの藤堂を藤沢は本当に抑えられるのか? それに僕は本当に攻撃陣として機能するのか? そんな事を考えていると、


「―――――~~~~ッ!!!!」


僕は無言で声をあげた! それは僕の親友、大和の動きだった! 早い! 速度がじゃない、瞬発力が早い! 大和はユースでフォワードだそうだ。サッカーでフォワードに一番要求される身体能力は瞬発力だ。走るスピード自体より、一瞬の瞬発力が重視される。その瞬発力がべらぼうに高い事を示す大和の走り。普段の体育の時間では見た事も無い本気の走り! 芯が全くぶれがないその走りは頼もしさを感じさせる。


そして、それは当然藤堂のチームの守備陣の目にも止まる。藤堂のチームには藤堂の他、2人のサッカー部員がいる。全員レギュラーだ。当然、大和が脅威に映ったろう、最初僕を目指して走り始めたサッカー部員の一人が大和に向かって走り始めると、大和は直ぐに方向転換…早い…というより、何という瞬発力! しかし、大和の動きに感嘆している僕に!


「悠馬! ボールが来るぞぉ!」


えっ? 大和の声に驚いて後ろを振り返ると、藤堂が僕達のチームの守備陣のど真ん中に斬り込んでいく処が見えた。ボールはまだ来てないじゃないか? という思いが一瞬過るがそれは僕の未熟だった。直後、横から鮮やかに藤堂のボールを奪う藤沢! 藤沢の動きも瞬発力が凄い! 実はフォーワードもセンターバックも要求される身体能力は同じ瞬発力! 藤沢の瞬発力は藤堂を上回っていた。


「なぁ? ない、ない? 俺のボールがなああぁい!? 何処へ消えた!?」


藤堂が情けない悲鳴をあげると、ボールは大和の言う通り、既に僕の足元にあった。


ワントラップと共に、大和にパスを出す。そして、更に上がるが!


類まれな瞬発力で誰もいないエリアにいた大和はワントラップもする事なく、僕にパスを返した。そして、ゴールまで誰も遮る者はいなかった。普通なら距離がある。だけど、遮る者がいないゴール、それも素人が守るゴールになら、迷わず!


僕はゴールに向かって、シュートを初めて打った。そして、


ネットが揺れる。ぼ、僕の初ゴールだ! 


「悠馬! ナイスシュート!」


「あ、ありがとう!!」


いや、今のは大和のパスが上手すぎる! 大和は右利きで、利き足も右だ、だけど、ワントラップもする事なく、左足でパスを繰り出してきた。これがどんなに凄い事なのか? 実は僕は両足共利き足だ。何故かと言うと、小学生の頃からお父さんに柔道を叩きこまれていた僕は手も足も利き足じゃない方も訓練させられた。左手でご飯を食べさせられた事もあった。


右でも左でもシュートやパスが出せて、右でも左でもパスが受けられる。


これはサッカーでは極めて有利だ。だって、わざわざ利き足に切り替えていると数秒遅くなる。それはサッカーでは致命傷になる時間だ。サッカーとはコンマ数秒以下の差が明暗を分ける競技なんだ。


再び、藤堂達からのキックオフ、さっきは後ろが気になって仕方がなかったけど、もう後ろを見る事はなかった。


そして、その後も僕達の攻撃は続いた。最初は大和と僕で攻撃を続けていたが、藤堂の守備陣は僕と大和にマークを集中した。しかし、


「それはサッカーでは致命傷だよ!」


僕は思わず叫んだ。僕と大和だけにマークが張り付いた藤堂の守備陣は、僕らのチームの攻撃陣を多数ノーマークにした。僕がノーマークの人を無視する筈がない。


僕はサッカー部の頃、よく藤堂にボールを要求されたけど、極力避けた。理由は簡単だ、藤堂はいつもマークを2~3人引き連れているし、藤堂が単独で僕のパスを受け取る事ができる程のスキルはない。当然、僕はノーマークの攻撃陣にパスをした。


藤堂は十分に役割を果たしていた。マークを2人も3人も引き連れると、当然数的有利が生じて、ノーマークの人が必ずできる。だから、僕は藤堂以外のノーマークの人にパスを出す。


藤堂は高圧的に僕やみなにボールを要求するけど、僕は断固、無意味に藤堂にパスを出さなかった。理由は…僕には空気は読めなかった。空気を読む…という行為は日本人固有の行動だ。いくら藤堂に発言力があったとしても、明らかに不利な事は僕にはできなかった。一方、空気を読む他のサッカー部員は、藤堂にパスを出していた。ほとんど、パスは通らなかったにも関わらずにだ。


『あきれた無自覚ぶりだな…あんな鋭いキラーパス連発しておいて?』


僕は藤沢の言っている意味がわかってきた。確かに得点に絡むのは、僕のパスが起点の場合が多かった。でも、当然なんだ。だって、僕は一番合理的なところにパスを出しているだけだったから…日本人がなかなかできない事を僕は当たり前のようにやっていた。何故なら僕が帰国子女だから。できるだけ、みなと話さないように、できるだけ自分の意見を強く言わないようにしてきた。


でも、サッカーをしている時はいつも僕は自分の意思通りの事をやってきていた。


欧米では自身の強い意見を持つ事を教育される。これは日本人の空気を読むという行為や忖度をするという行為と真逆の行為だ。だから、帰国子女は嫌われる。日本人社会で浮いてしまう。


そもそも、帰国子女なんて言葉は日本にしかない。海外ではこんな問題は起きないんだ。だって、日本の方が国際標準から外れているから…日本の外交が弱いのも何となく察しがつく。


国内で空気や忖度ばかりしていても、欧米の人はそんな事お構いなしに強い意見をぶつけてくる。


段々仲間の力がわかってくると、僕は大和以外にも、特に三浦君にパスを出す様になってきた。三浦君はセンスがあるし、やる気もある。どちらかと言うと、陰キャ気味の彼だが、意外と動きがいい。そんな彼を見逃す僕じゃない。


気がつくと僕と大和、三浦君を中心に全員攻撃の僕らに対して、馬鹿の一つ覚えの藤堂にパスを集中する藤堂達のチームは1点も取れないまま、無為に徒労していった。


正直、大和がいる僕らの方が地力で勝っている。だけど、勝因は大和じゃない。僕らは全員サッカーをやっていた。守備陣は藤沢がまとめて組織的な守備ができていた。


攻撃陣は僕と大和を中心に組織プレーができていた。


藤堂一人のワンマンチーム…それも藤堂の低スペックじゃ話にならない。


そう言えば、藤堂はこの雪の下高校にやってきてから、才能が開花したとか言っていたけど、どうもそれは間違いだったみたいだ。彼は、単に運がいい、ごっつあんゴールを重ねていただけだったのだから…


そして、気がつくと、10:0で勝利の笛が鳴った。

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