第20話 えっ!? 戻って来い? 今更無理です!

エースストライカー藤堂はサッカー部顧問の大船から悠真に戻ってきて欲しいと、頭を下げサッカー部に戻ってきてもらえと言われた。もし戻ってきたら、補欠としてサッカー部に残留させてやるとも言われた。


自意識の高い彼は当然何もかもが腹立たしかった。人に頭を下げるなんて、考えただけで虫唾が走る。しかし、


「藤堂、お前が頭を下げれば帰ってきてくれるだろう。彼は我が雪の下高校の県大会優勝に心を砕いておった。レギュラーに復帰させてやると言えば喜んで帰ってきてくれるだろ」


「わかりました。いくら足手まといとはいえ悠馬を追放したのはかわいそうでした。俺も少し、憐憫の情が湧きました。俺が自ら頭を下げれば感激して戻ってくれると思います」


この二人は悠馬がサッカーより優先しなければならない帰国子女というレッテルから解放されるという、新たな課題を見つけて、既に他の部活動を行い。サッカー部に興味がないという事を知らない…いや、それ以前に厚顔無恥も甚だしい。


「今すぐ行って来い! 悠馬は今、風紀委員クラブという訳のわからんクラブにいる。悠馬を手に入れる事ができたなら、県大会優勝は夢ではないぞ!」


「わかりました。悠馬をサッカー部に引き戻します。エースストライカーの俺が頭を下げればきっと喜んで帰って来ると思います」


藤堂は未だにエースストライカーのプライドを捨てきれずにいた。いや、未だに悠馬のおかげでごっつぁんゴールを重ねていただけということも理解していなかった。


彼は悠馬さえ連れ戻せば、サッカー部に残留でき、後は実力で再びレギュラーの座を勝ち取ればいい。ただ、そう思っていた。そんな可能性はほとんどないにも関わらずにだ。


部室を後にすると、急いで風紀委員クラブの部室である教室に到着する。風紀委員クラブの教室は大船から聞いていた。


悠馬を部に戻してやったら、さぞかし喜ぶだろう。だが、その代わりに毎日目の前で空音との仲を見せつけてやろう。俺をこんな目に合わせやがって! ああ、楽しい部活がまっているぞ!?


一体この男の脳細胞はどうなっているのか? この男は悠馬の恋人を卑怯な手で我がものとし、見下し、あざけり、挙句にサッカー部を追放までしたのだ。許す人間なぞいる訳がない。


何処までも愚かな男、藤堂…


藤堂は風紀委員クラブの部室のノックもせず、ドアを開いてズケズケと入ってきた。


「悠馬ぁ! お前に朗報だぁ、良かったなぁ、喜べ! 足手まといのお前でも、もう一度サッカー部に引き戻してやる。泣いて喜んでもいいんだぞぉ!」


藤堂はいきなり現れて都合のいい事をのたまう。彼は自身がサッカー部から悠馬を追い出して、彼女だった空音を奪った。彼はそれを軽く考えていた。自身がされたら一生恨むだろうが、他者の痛みなど露ほどにもわからない人間なのだ。


「悪いけど、喜べって…一体何を言って?」


悠馬は本気で藤堂の神経が理解できなかった。部を不条理に追放しておいて、今更偉そうに戻って来いだなんて…こんな信用できない人間とチームプレイなんてできる訳がない。そんな常識が無い人間がいるのだなどと思えなかったのだ。


「何を言ってるんだ! お前はまた部に戻れるんだ。これを喜ばないヤツがいる訳がないだろう?」


「……」


どうも、本気で言っているらしい事を理解して、更に理解に苦しむ。一体どういう神経をしたら、そんなに都合が良く解釈できるものなのか?


「どうした! 喜びのあまり、声もでないか? 足手まといでも、俺が得点するから、お前は守備だけ頑張っていればいいんだから、安心して部に戻れ。だからもっと喜べ!!」


上から目線で当たり前かのように藤堂は言う。


「悪いけど、僕は今、サッカーよりやらなければならない事を見つけたんだ。それに僕はこの風紀委員クラブの3人しかいないクラブ員なんだ。だから部には戻れないよ」


悠馬の返答に藤堂はぽかんと口を開けていた。藤堂は本気で悠馬が泣いて喜んで部に帰ってくると思っていたのだ。


「お前、エースストライカーの俺に久しぶりに会って気が動転したか? 足手まといのお前を、俺がまた仲間に加えてやると言ってるんだぞ? 泣いて喜ぶべきじゃないのか?」


「さっきから黙って聞いていたら、一体何様なんだ? 僕がお前のいる部に戻ることなんてある訳がないだろう? 自分のした事を良く考えろ!」


悠馬はそう言った。当たり前の事だが、藤堂には全く、これぽっちも理解できなかった。


「あなたいい加減にしてくれない…悠馬は風紀委員クラブにとってもあたしたちにとっても大事な人なの、他をあたって頂戴」


突然の藤堂の乱入に驚いて…というか開いた口が塞がらなかった海老名が見かねて藤堂に引導を渡す。


海老名を見た藤堂はあらぬ誤解をする。脳が欲とわがままだけで構成されている彼は海老名の様な美少女がいるクラブにいるから悠馬は帰ってこないと考えた。


藤堂は少ない知恵で考えた。このままでは悠馬は帰ってこない。帰って来なければ自分は補欠どころか、部を追放されてしまう。


普通簡単に上下関係がわかりそうなものだが、ここに来て、ようやく気がついた。


「大変、申し訳ございませんでした…お、お願いします! 帰ってきてください! 」


藤堂は迷いなく、頭を地にこすりつけて、土下座した。もう、顔面を地面にこすりつけている。ドン引きをする位、見事な土下座だった。


「部に戻ってください!! 部には悠馬が必要なんです!」


いや、普通無理だろう。しかし、プライドが高い藤堂が土下座したのは魂胆があった。最近イメチェンして可愛いくなった海老名を自分のモノにしてやろうと考えていた。


実は彼は空音だけでなく、他の複数の女子とも付き合っていて、既に彼の毒牙にかかっている子もいたのだ。


「俺が悪かった。お前の力を十分評価していなかった!!」


いや、それはそうだが、あれだけ理不尽な追放をして、その上、恋人だった空音を奪ったのだ。普通、絶対無理だろう。


しかし、鼻もちならないプライドを持つ藤堂とは思えない言葉だった。


「どうか、お願いです! 俺達の部に帰ってきてください!!」


必死に懇願する藤堂、しかし彼は一方的に自分の都合を言うだけ。彼は自身の犯した罪を十分に理解していなかった。彼を許せるような人間がいる筈などないのだ。


「お前が守備の要だという事に気がつかなかったんだ。このままだと部の守備が崩壊して県大会が辛いものになるんだ。だから、どうかお願いします!」


藤堂が渾身の土下座を披露するも、悠馬の心が変わる筈がなかった。


「…今更もう遅いよ」


「あなた、馬鹿なの? 悠馬は守備だけじゃなく、攻撃の要でもあったのよ」


そう言うと、悠馬と真白と海老名は何処かへ行ってしまった。


残された藤堂は怒りに打ち震えていた。俺が土下座をしたというのに、聞かないだと? あり得ないだろう!?


あり得ないのは自分の方だと言う事が未だにわからない藤堂だった。


そんな時、彼のスマホからLI〇Eの着信音が流れた。


『私達別れましょう。私よりもっといい人見つけてね』


空音からだった。LI〇Eだけで別れを切り出す空音も空音だが…


「あの雌豚がぁ!!! 俺の方から振ってやろうと思っていたのにふざけんな! あいつが無理やりデートに誘うから、悠馬をすぐに連れ戻しに行けなかったのにぃいいい!!」


彼は空音の身体を狙っていたが、奪った後は捨てるつもりだった。だが、空音の浮気感覚はおかしくて、藤堂に身を捧げるつもりなどなかった。最後は悠馬の元に帰るつもりだったのだ。


「何故だ! 何故上手くいかない! 俺はサッカー部のエースストライカーだぞ! 誰もが崇めるべき存在なんだ! どいつもこいつもなんで思うように動かねぇ、みな、ぶち殺されたいのかぁ?」


藤堂はその場で、手当たり次第に机や椅子を蹴りつけ、壁に放り投げた。


机や椅子を乱暴になげつけても、全然鬱憤は晴れない。


「ちきしょぉぉぉぉぉ!!!!!!」


教室に藤堂の声が響くがそれに共感するものなどいる筈もなかった。

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