第21話 一人目の幼馴染

ショッピングモールでのデートを終えて2日後、真白が僕のうちを訪ねて来た。真白はプレゼントを持って来てくれた。その日は一緒に夕食を食べて、少し遅くまで一緒にいたけど、流石に高校生の男女があまり遅い時間まで二人っきりはまずい。そんな感じで、夜には帰った。


僕は真白の持ってきてくれたプレゼントを見て、真白が今まで、どんなに僕の事を想っていてくれたのかを理解する事になった。


真白が帰った後、僕は真白のプレゼントを開けた。


アナログレコードだった。それも僕が欲しかった『Cutting CrewのBroad Cast』。金欠で買えないとぼやいた記憶がある。


「……真白」


僕は涙が出てきた。どうして今まで気がつかなかったんだろう? 真白は子供の頃から僕に誕生日のプレゼントをいつも贈ってくれていた。いつも僕が欲しいと思っていた物を必ず贈ってくれていた。空音はいつも一番僕の近くにいたのに、的外れなプレゼントが多かった。


……真白


『私だって、子供の頃から、ずっと悠馬の事、好きだった』


真白はそう言ってくれた。子供の頃から真白はツンとして近づき難い雰囲気を持った子だった。無口な子だった。でも、いつも僕と空音の後をついてきていた。僕の事をずっと好きでいてくれた。ずっと僕の事を見ていてくれた。


一体、真白はどんな気持ちで僕と空音を見ていたんだ? 辛くなかったのか? 僕は真白より話がし易い空音とばかり話していたのに…それなのに真白はいつも僕の事を見ていてくれた。


誕生日のプレゼントはいつも僕が欲しい物を贈ってくれた。おやつの時間には空音にお菓子をあげてしまう僕に、いつもお菓子を半分分けてくれた。真白はいつも僕の事を想ってくれていて、僕はそれに気づかず…それなのに僕は…


僕は真白が愛おしく感じてきた。何だろう? この感じ? 空音の時に感じた事の無い、この想い?


「(真白…僕は新しい恋ができるかもしれない)」


そんな気持ちになっていた時、突然、ドアがノックされた。妹の琴里だ。


「お兄ちゃん、あの、その、空音お姉ちゃんが来ているよ。お礼が言いたいって」


「空音が?」


僕は動揺した。別れて以来まともに話していない。お礼を言いたいのは判るけど、正直、あまり話したくない。かと言って、追い返す程、非情になれない。僕は優柔不断なんだろうな。


「お兄ちゃんの部屋へ呼んでいいの?」


「……ああ、いいよ」


妹も僕の気持ちを察したのか、念のために確認してきた。以前なら、そんな事言わずにいきなり連れてきていた。しばらくして、ドアがノックされた。


「……悠馬」


空音はドアをノックしてもすぐに部屋へは入ってこなかった。優しい言葉を待っているのかもしれない。そんなに僕は聖人君子じゃない、正直、今は顔も見たくない。でも、沈黙に僕は負けてしまった。


「空音、入りなよ。別に怒っていないから」


嘘だ。ホントは悔しいし、憎い、罵ってやりたい。


「……ありがとう。私、どうしても話したい事があって」


空音は部屋へ入ると僕の部屋のベッドに腰かけた。かつての空音の定位置だ。


「別に気にしなくていいよ。空音じゃなくても僕は助けたよ」


「それはわかっているけど、わ、私…私、あなたに謝りたくて…」


「……」


空音が僕に謝る? お礼を言うのはわかるけど、謝る? 今更何を言って……僕は無言で返した、今は真白に癒されて空音をそれ程恨んではいない、だからといって、空音の裏切りを許せる訳がない。一体何を謝りたいんだ?


無言の僕に空音はなおも無言で下をむいていた。待っていれば僕から優しい言葉があると思っているのかもしれない。これじゃ昔と同じだ。だけど昔と同じ様に僕は根負けした。


「一体どういう事なの? 謝るって何を?」


「悠馬にしてしまった事、別れてしまった事、悠馬の事、全然考えていなかった過去の自分を…」


「そんな事を謝ってもらっても嬉しくないよ、今更!」


「…わ、私、気がついたの」


「何を?」


「私、悠馬の事、愛しているって事…」


「そんなの信じられる訳ないだろう? 君から別れたんだよ!」


「違う、以前の私は誰も愛してなんてなかったの、悠馬とは当たり前だと思っていたけど、あの頃は、わ、私、本当に好きな人なんていなかったのよ!」


「それで、藤堂に恋したんだろ? 今更そんな事言われても、僕、困るよ…」


「……ごめんなさい」


空音はひたすらに謝った。そんな空音に僕は不覚にも魅入られてしまった。それでも空音は綺麗で可愛かった。でも、今の僕はそんな事は問題じゃないと思った。見かけは真白より空音の方が好みだとは思う。だけど、空音は僕を見てくれた事なんてなかった。僕はいつも見ていたのに、空音と違って…そして僕をずっと見ていてくれたのは真白の方だった。


「空音、僕も人間だよ。一度浮気されて、そんな簡単に君を信じる事なんてできないよ。別れたら二度と会えないかもしれないって、思わなかったの?」


「ち、違う、私、そんな風に思っていなくて、悠馬は必ず待っていてくれるって、私以外の人を見る事なんて絶対ないって!」


…ええええええ!? 空音が変な事言い出した。


「空音、何を言っているの? 君は藤堂を好きになって、僕を捨てて、別れたんだろう?」


「そうだけど、私、藤堂君とデートして、ドキドキして、あんな気持ちになりたくて、でも、しばらくしたら、悠馬の元に帰ってこようと思っていたの! だから、お願い、信じて!」


「信じられる訳が無いだろう。あんなひどい裏切りをした空音の言う事なんか!」


いや、それ以前に空音の考え方が少しおかしい様な気がする。


「本当なの! わ、私、馬鹿だった。一番大切なものは何か、わかっていなかった」


「……」


「悠馬が何も話してくれなくて、私、とても寂しかった。辛かった」


「僕らは別れたんだから、当たり前だろ。話したら、藤堂に悪いだろ」


「私、悠馬がいなくなるなんて考えた事も無かった。でも、悠馬が私の元からいなくなるって考えたら!」


「どう思ったの?」


「私、生きていけない!!」


「じゃ、何故、藤堂とあんなに楽しそうに手を繋いでデートできたんだ?」


「ごめん、なさい……」


「僕はたった一度位の間違いなら許せたかもしれない。でも、2週間以上考えて僕と別れたんだろ?」


「ごめ、なさ……っい」


「君から離れていったんじゃないか?」


「ごめん、なさい……ごめ、なさい……っ」


「僕の事なんてどうでもよかったんだろ。今更何なんだよ!」


「ゆ、許して。なんでもするからぁ」


空音は必死な様だった。だけど今更、謝って済む問題じゃない。


「何でもすると言うなら、僕の目の前から早く消えてくれ!」


「お願い、許して! 悠馬と別れたくないの。他のことなら何でもするから!」


「…空音」


「私にとって1番大切なのは悠馬、あなたなの!」


「それなら何故、藤堂とは別れないんだ?」


「も、もう、わ、別れたの…だから、だからぁ!」


空音は下を向いていた顔をあげた。目からは涙が溢れていた。でも、僕にはそれが汚れた涙にしか思えなかった。


「私、おかしくなっていたの。ごめんなさい。ごめんなさい。お願い! 私を許して!」


「そんな嘘通用するか、謝っても許されない事だってあるぞ!!!」


「わ、私、私、ああああああ...悠馬!」


空音は号泣し始めた


「結局、二人を天秤にかけただけじゃないか?」


「違う! 違う! 違う!」


空音は泣き続けた……空音は泣き尽くしたあと、しばらくの間、沈黙していた。そして意を決したように、やおら自分の服に手をかけた。


「な、何を?」


空音は服を脱いでいった。


「何でもするから。だから……私、藤堂君とはキスさえしてない。何処も汚れてなんてない。悠馬に初めてをあげるから。だから!」


空音は下着が見える様な姿で、僕に寄りかかってきた。


「空音、止めろ! 許せない。そういう問題じゃない!」


「わ、私達、本当にもう終わりなの? 17年も一緒にいたのに!」


空音は絶叫した。


「その17年一緒にいた幼馴染を裏切ったのは誰だよ!」


「ごめんなさい。ごめんなさい。私、取り返しのつかない事を!」


僕の本音は空音を許してしまいそうだった。だけど、真白の顔が頭に浮かんだ。


「…空音、服を着て帰れよ。今の僕は真白が好きなんだ」


困り果てた僕に助けが現れた。コンコンとノックの音がした。そして、


「お兄ちゃん、空音ちゃん、丸聞こえだよ。家族のいる中で堂々と不順異性交遊は認めない、って、これ、お父さんからの伝言」


空音が自分の身体を慌てて抱きしめる。そうだよな。こんな安普請の小さな家、まる聞こえだよな。ちょっと自分の自制心を褒めてやりたい。空音は服を着ると、


「ごめ、なさ……っい」


そう言って、帰っていった。でも、妹の琴里が空音の置いていった僕への誕生日プレゼントを渡してくれた。それは『Cutting CrewのBroad Cast』のアナログレコードだった。そして、琴里はもう一つ僕に荷物を渡した。


「お兄ちゃんの同級生の女の子から預かったよ」


そう言って渡された荷物は風紀委員の海老名からの誕生日プレゼントだった。これも『Cutting CrewのBroad Cast』のアナログレコードだった。三つの同じプレゼントを前に僕は途方にくれた。

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