第34話 カラオケはしんどい

約束の日が来てしまった。藤沢は川崎と日吉さんをカラオケに誘った。日吉さんは僕をダシに誘ったらしい。なんか最近の僕は僕らしくなくて困惑する。


僕、顔もいいし、運動神経もいいし、学校の成績もいいけど、顔は人なみよりはだし、運動神経だって、お父さんに子供の頃から叩き込まれた柔道のおかげだと思う。


僕の学校の成績だって、努力の賜物だよ。僕はロシアのインターナショナルスクールで突然英語での授業に放り込まれた。最初は全然わかんなくて、テストなんてほとんど0点だった。


だから必死に勉強した。英語も学業も…中学の間は青春を謳歌している暇なんてなかった。ついていくのが必死だった。だから日本に帰ってきて、言葉の壁がないことの有り難さが身に染みた一方、国語や日本史とか習っていない授業について行く為、やっぱり必死だった。


それでも、インターナショナルスクールでの英語での授業に比べたら、遥かに楽だった。僕にとっては大した努力じゃないよ。でも、多分普通の日本の高校生の倍くらいは努力していると思う。


僕の事、急に褒めてくれるのは嬉しいけど、僕の努力を見て欲しい。多分、この事を理解してくれるのは、真白ぐらいだと思う。真白も帰国子女だから、英語の苦労と勉強の苦労は共感できる。必死の努力を単に頭がいいと言い切られるとむしろ腹が立つ。


僕と真白は一緒にやってきた。真白の服装は随分と変わってきた。以前の露出が多いファションから清楚なお嬢様風な服装。やはり日本人風に寄せて来ているのだろう。今日は白を基調にしたワンピだ。所々に青のアイテムを入れているのは初夏を意識しているのだと思う。凄くいいです。


僕達は待ち合わせ場所の駅前にやってきた。すでに藤沢達はそろっていた。僕達が一番最後だったみたいだ。


「悪い。待たせちゃったかな?」


と、尋ねると、藤沢が


「いや。気にするな、それにこれで全員集合かな!」


と笑った。しかし、


「なんで悠馬なんているんだよ! 俺は聞いてないぜ!」


抗議の声をあげたのは川崎だった。


「あんた、何言ってんの? あんたは私に誘われたんでしょ? ホントはあんたなんか誘いたくなかったのに、藤沢君が一緒にどうっていうから、仕方なくよ、わかる? あんたの方が余計なのよ!」


日吉さんの怒声を浴びて、苦い顔をする川崎…大丈夫かな? 怒って帰らないかな?


「じゃあ、俺が帰ればいいんだな? どうせ、俺はおよびじゃないんだろ? 悠馬様がいるなら遠慮するぜ!」


「いい加減にしなさいよ! どこまでみんなの気持ちを悪くするの? 来たんだから、ちゃんと楽しんで帰りなさいよ! 誘った私が気分悪いわよ!」


日吉さんの言い分も厳しいけど、よくわからない。嫌っているなら、帰してしまってもいいような気がする。


実は日吉さんも川崎の事を好きかもしれないと藤沢が言っていた。今の川崎が嫌いなだけ。川崎と日吉さんは中学の頃から同じで、昔から仲が良かったらしい。幼馴染同士みたいなものらしい。


「まあ。全員そろったようだから、カラオケ店にいくか、予約してあるからな」


海老名が興奮気味で『早く行こうよ!』と僕の服を引っ張ってせかせた。


海老名はカラオケめちゃめちゃ上手かった。カラオケが好きなんだろう。しかし、カラオケまともに歌えるストックがない僕は少々辛い。真白は日本でも良く知られている英語の歌をたくさん仕入れてきたらしく、楽しそうだけど、僕は練習禁止だから、辛い。なんで、僕ここまでしなきゃいけないんだろう?


「海老名、最初に歌えよ? お前一番上手そうだからな?」


「うん、いいの? じゃ、遠慮なく!」


海老名がタブレットのリモコンを手に取り、ピコピコと手慣れた感じでボタンを押した。しばらくすると、室内のBGMが消えて、画面に曲名が表示される。


良く知らない曲だけど、日吉が、


「『ドリ〇ム』ね、海老名カラオケ上手いって有名だもんね」


ドリ〇ムかぁ、聞いた事はあるけど、小学生の頃で、あまりよく覚えていないな。僕の守備範囲は洋楽のラップなんだ。日本のポップスなんて聞いていない。まあ、ラップを歌うのなんてほぼ無理ゲーなんだけどね、例え聞いた事がある曲でも、カラオケ事態ほとんどした事がない僕には歌える曲なんて満足になかった。


「ふふっ。悠馬、惚れ直してもいいわよ!」


誰が惚れているんだ? 海老名まで現実捏造機能を有する難病を発症したのかと思った。


海老名が歌い始めると…凄い上手い…なんでこんなに上手なの?


「海老名さんの次、私でいい?」


「いいよ」


日吉さんにみな、うんと頷く、僕はそもそも歌う曲がないし、真白もストックがあまりない。ここは日吉さんや海老名、藤沢、川崎に任せておこう。ちなみに川崎はカラオケ上手いらしい。


当たり前だけど、川崎のいいところを見せる為だから、カラオケは川崎の得意分野だ。


そして川崎の順番がやって来て、ホントに上手かった。曲名はわかんないけど、上手いのは良くわかる。そして、川崎は口角を吊り上げて僕にマイクを渡した。


「悠馬も歌えよ、おまえ、まだ歌っていないだろ?」


ううっ、あんなに上手いヤツの後でだなんて…


僕は藤沢に助けを求める視線を送るが、藤沢は頷いただけだった、続いて真白にも助けを求めたけど、(^^♪ニコッとされただけだった。そうだったね、今日は僕の残念なところを川崎と日吉の前で見せる事が目的だったね…


僕は子供の頃のうろ覚えの日本のポップスを歌った。カラオケ初心者の僕はメロディーを外すし、かむし、全然上手く歌えていなかった。


そして歌い終わると…


「ぎゃははははははっ! お前、よくそんなに下手糞でカラオケになんて来たなぁ! もう少し練習しろよ! なんなら、俺が教えてやろうか?」


「…う、うん、でも、カラオケ下手糞でも来たかったから」


なおも川崎に笑われた。その時!


『パシーン』


大きな音が響いた。日吉が川崎の頬を強く張り倒した音だ。


「いい加減にしなさいよ! あんたは何でこんな変なメンバーでカラオケに呼ばれたか、わかんないの? 藤沢君の計らいに決まっているじゃないの! 悠馬君はカラオケが苦手なのに、私達の為に来てくれたのよ! あなたなんかより、悠馬君のほうが何倍もカッコいいわよ!」


「な、なんで、なんで日吉はそんなに悠馬に心を持っていかれちまったんだょ! 俺の気持ち、わかんないのかよぉ?」


「わかんないわよ! どう思っているの? 私の事? あんた私に優しくしてくれたの? 何かしてくれた? 誕生日に何かくれた? 私、この間、誕生日を教えたわよね?」 


あれ? これ、なんか痴話喧嘩みたいな?


「俺は日吉の事好きに決まってるだろ? 中学の頃からずっと! そりゃ、俺はバスケ部で補欠だし、成績だって真ん中より下だし、日吉は綺麗になっちまって、釣り合わない事位わかっているさ!」


「馬鹿なの? あんた? 好きっていわれなきゃわからないわよ! それに補欠だって、バスケやっている時のあんたはカッコいいわよ! 成績だって、一生懸命頑張っているの知っているわよ! それなのに、何であんたは最近、藤堂なんかとつるんで悪ぶるの? そんなのカッコ悪いわよ! 昔の素直な笑顔のあなたの方がずっとカッコ良かったわよ!」


何、このお惚気合戦?


「前の方がカッコいい? 嘘だ? それに今は悠馬の事を好きなんだろう? どうせ俺なんて…」


「悠馬君はアイドル枠ょ! あんただって、アイドルのだれそれがいいって話、私の前で平気でしてたでしょう? 私が目の前にいるのに、あんたわぁ!」


あれ? これって?


「じゃあ、俺が藤堂達とつるまないで、昔みたいに戻ったら、昔みたいに親しくしてくれるのか?」


「あんたバカぁ! そうじゃなくて、言う事があるでしょ! 私の事、好きなんでしょう? だったら、今すぐ告白しなさい! あんたへの罰よ!」


なんかご褒美みたいな罰だな…


こうして、川崎は僕達の目の前で、日吉さんに告白して、手を日吉さんの前に差し出した。そして、


「仕方ないわね。そこまで言うなら付き合ってあげる♪」


そう言って、川崎の手を取った。


…日吉さん、気が強いと思ったけど、凄い肉食だな。川崎に無理やり告らせたよ。


こうして、僕達は打って変わって和やかなムードで、カラオケを楽しんだ。


僕のカラオケがお笑いになってしまったのは言うまでもない。


何か、僕達の努力必要なかったんじゃないかな? というのは気のせい?

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