第18話 その頃エースストライカー藤堂は?3

「藤堂! お前にはもう何も期待しない、お前はサッカー部をクビだ!」


「そ、そんな、ば、ば…馬鹿な、俺が、サッカー部をクビ!?」


サッカー部の部室で、顧問の大船は怒りに満ちて、エースストライカー藤堂にサッカー部クビを冷たく宣告していた。


雪の下高校の希望の星だった悠馬擁するサッカー部ではあったが、藤堂は何とサッカー部の要である悠馬を追放してしまった。あまつさえ彼の恋人を奪うという非道ぶり。いや、それだけではない、結局悠馬がいないと1点も取れない無能なストライカーぶりを練習試合や体育祭で晒した。既に部員の誰しもが、藤堂に嫌悪感しか持ちえていなかった。


そんな状況にも関わらず、相変わらず上から目線で部員にあれこれ見当違いの意見を言うクズ。


「藤堂、我が雪の下サッカー部にお前のようなクズは必要ない、断じてない!」


「た、大変申し訳ありません!! お、大船先生! し、しかし、な、な、なんとかサッカー部をクビだけは考え直してください! 俺は心を入れ替えて部の為に貢献します!!」


藤堂は謙虚で献身的な悠馬が実は部で密かに人望を集め、得点王である自分より悠馬の方がみなから慕われていた事に、更に身の程知らずに可愛い幼馴染の空音を恋人にすらしている事に腹をたてて、空音を奪って、更にサッカー部を追放した。全て、顧問の大船がサッカーの素人だったから起きた事だろう。部のみなは藤堂の得点の大半が悠馬の巧みなパスから生まれたごっつぁんゴールである事を知っていた。


守備の要が悠馬だという事も知っていた。しかし、専制的な顧問の大船と傲慢な藤堂に反論できず、みすみす悠馬を追放されてしまった。


彼らは悠馬が既に別の部活動を行っていて、サッカー部に帰ってきてくれない事も、これからサッカー部が衰退する事も覚悟していた。悠馬追放を止められなかった事は自身達の責任でもある。全てが遅い、自身が悪い。彼らは顧問の大船や藤堂と違い、罪も罰も理解していた。


「お、お願いします! 本当に心を入れ替えます! 本当なんです!」


必死の藤堂は土下座で嘆願するが、やはり傲慢な大船は聞く耳を持たない。


「目障りだ! 直ちに部室から出て行け! 二度とここに来るなぁ!」


「お、おっ、おおふなぁ…せ、せんせぇい…お、お、おねねねが…い…し、まぁ、すぅ!」


「黙れ! この無能!!」


厳しく藤堂を断罪する大船、しかし、もっとも無能なのは顧問の大船だろう。彼にサッカーの知識が十分あればこのような事態は産まなかったのだ。そもそも攻撃陣に極振りのこのバランスの悪いサッカー部を作りあげてしまったのは、彼の責任だった。


「な、なあ!、お願いだ。先生にとりなしてくれ、頼む、仲間じゃないかぁ?」


藤堂は自分のした事を深く考えていない。彼は部員達に偉そうに絶えず上から目線で接していた。チームプレイを無視して、やたらとボールを要求し、献身的なプレーを馬鹿にされたのは悠馬だけではない。彼が自分の日頃の言動を考えれば、このような恥知らずな懇願は出る筈もないだろう。しかし、


「藤堂さん! あなたのおかげで何人の優秀な先輩達が退部したと思っていますか!! よく、そんな事が言えますねぇ!!」


「そうです。藤堂さん、このチームは前は優秀な守備の上手い先輩方が何人もいたのに…あなたは守備を馬鹿にして先輩方を傷つけて、退部させてしまった!!」


「お、俺はエースストライカーだぁ。俺を認めないから言い聞かせてやったんだぁ! それに俺がいなくなったら、このサッカー部はどうやって得点するんだぁ? せ、先生! 俺に今一度、チャンスをください。必ずサッカー部を勝利に導きます!!」


藤堂は得点王である自分には利用価値があると信じていた。だからこそ、多少の罪なぞ、大した問題ではないし、大事の前の小事であるとさえ考えていた。つまり、悠馬や守備陣を追放したり、暴言や嘲る事なぞ、小事であり、大した問題ではないと考えていた。そして、得点王の自分の価値を再度理解すれば、顧問の大船先生の考えが変わると本気で思っていた。


「フォワードの要は一年生の辻堂を起用する事になった。お前は不要だ」


「なっ!? そんなバカな! 辻堂はセンターバックじゃないですか!?」


必死に顧問の大船になおも縋る藤堂、しかし、大船から冷たい事実を突きつけられる。


「彼は以前、フォワードだった、お前が圧力をかけてセンターバックにさせたんだろう? 彼はお前みたいに目の前にボールがないとシュートできないごっつぁん野郎ではなく、敵の守備を単独で突破できる、本物のストライカーだ。今後攻撃陣は彼を中心に考える。サッカー部の希望が甦ったのだ!」


「し、しかし、俺だって得点王ではないですか? サッカー部の為には俺がいた方が!」


藤堂の知らない事だが、顧問の大船も最近サッカーの勉強をして、守備陣の重要性やサッカーの基本がわかった。そして、体育祭のクラス対抗試合や最近の練習試合のビデオを見て、悠馬の重要性や守備陣の重要性を理解した。


しかし、既に悠馬や他の守備陣は退部してしまっていた。彼は全ての責任を藤堂に押し付けようとしていた。本当は藤堂の意見に賛成して、無能な人員を整理しただけのつもりだったが、とんだ戦力の低下を招いた。無論、半分以上顧問の大船の責任だが、理事長にしれたら大変な事になる。だから、全て藤堂に押し付ける事にした。


しかし、一人の部員から意見が出た。


「大船先生…藤堂さんが頭を下げてくれたら、悠馬は戻ってくれるんじゃないでしょうか?」


「なるほど!!」


大船は一年生の部員の意見に耳を傾けた。藤堂は一縷の望みをかけて下級生を見た。しかし、


「藤堂、悠馬に土下座して謝って来い! もし、悠馬が戻ってくれたら…そうだな、補欠としてなら使ってやろう」


「なるほどですね、良い考えです!!」


何人かの悠馬を慕う下級生が同意するが、彼らは藤堂が悠馬の彼女である空音を奪った事を知らない。知っていれば、そんな事に同意する筈がない。


「よし、藤堂、直ぐにでも行ってこい!」


はたりと大船は膝を叩く、彼の気持ちが固まったのは明らかだ。


藤堂が悠馬へ土下座までして帰ってきて欲しいと懇願することが決まった。縋るなぞしなければ唯の追放だけで良かったものを、下手に懇願したが為に余計に厳しいものとなった。いや、彼のした事を考えれば妥当な罰だ。


二年生は悠馬が帰って来る筈もない事を知っていて、かえって悠馬の気分を悪くするだけだろうという事を知っていて、眉をひそめる。


もう、悠馬に土下座するしか道がないと悟った藤堂は声を震わせ、泣き叫ぶ。


「ゆ、許しください、ほ、補欠にだけは、補欠にだけはぁ!!!!」


しかし、彼がサッカー部に残留するには悠馬に帰ってきてもらうしかない。それにもかかわらず、彼は悠馬が帰って来てくれる事を前提に、補欠になる事に抗議していた。


守備や献身的なプレイを軽んじ、自身を最上の存在と考えていた藤堂は涙を流して床をのた打ち回る。その姿は、人を見下し上位存在であることを傲慢に誇示していた男とは思えないものだ。


他者を自身の引き立て役としてしか考えず、嘲笑い、他者の大切な人を奪った藤堂。かつての守備陣や悠馬がここにいたなら、その不様な姿を笑う資格があったろう。だが、彼らはやはりそんなことはしないのだろう、実際この場にいる誰もが彼を嘲笑うような事はしない。悠馬が帰ってきてなどくれないだろうという事がわかっているからだ。


「ほ、補欠なんて嫌だぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!」


この場には補欠の部員もいる、他者を全く気遣う事ができない彼の言葉に耳を傾ける者はただの一人もいなかった。

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