第4話 真白に『あ~ん』された

真白と学校に登校すると、結構な人が二度見した。真白が変身してプラチナブロンドと青い目のどう見ても西洋人の容姿を暴露して、その上ギャルから清楚系にイメチェンしたからだ。しかも、誰かと、それも男の子と歩いていたからだろう。真白は友人が少ない。色恋ざたは聞いた事がない。もちろん告白している奴はたくさんいたみたいだけど、全て撃沈されていた様だ。


その後ホームルームが終わって1時間目が始まる少し前に親友の大和やまとに声をかけられた。


「ホントに真白さんとはテイなんだよな?」


「あ、ああ、無理やりそういう事にされた」


「無理やりって? 空音ちゃんの為?」


「そうだよ」


「……お前、意外といい奴なんだな」


意外ってなんだ。まあ、実は嫌だったんだけど、真白に無理やりそうされたんだけど。


「でも、よくわからんのだが、なんで真白さんとお前は知り合いなんだ?」


大和の質問は当然かもしれない。この高校、結構偏差値が高くて、小学校から同じメンバーは僕と真白と空音の三人だけだ。僕と空音は付き合っていたから、幼馴染な事をみんなに伝えていたが、真白の事は話した事は無い。


「幼馴染なんだ」


「はぁ?」


「幼稚園の頃から近所付き合いの幼馴染なんだ」


「……お前、幼馴染偏差値高すぎん?」


「知らないよ。別に自分で選んだ訳じゃないし」


「ホントに真白さんとは何でもないんだよね?」


「あくまで、テイだよ。空音の為の……」


小声で大和とやりとりするが、嘘をついた。真白は僕に惚れているみたいだけど、今の僕にはそんな簡単に気持ちを切り替えられない。そりゃ、17年来の幼馴染の彼女に振られたばかりなんだ。正直、未練たらたらだよ。真白の気持ちは嬉しいけど、それに安易に応えるのは真白に失礼だと思った。大切な幼馴染な事には違いないんだ、二人共。真白を泣かせる様な事はしたくない。


「それにしても、空音ちゃんの事、信じられない。あんなに仲が良かったのに…」


「多分僕は空音にとって兄妹みたいなものだったんだよ。僕は空音に恋する女の子の顔を見た事がない、僕に対するものはね」


「...... お前、もしかして」


「空音が藤堂とデートしてる所、見ちゃったんだ。あんな顔見た事ない。僕に注いでくれた事がない」


僕は俯いた。


「悠馬、お前、いい奴だな! きっと新しい恋人できるよ! それまで俺が慰めてやるよ!」


「……いや、僕はそっちの趣味は」


「そういう意味じゃねえ! お前、心配してる人間からかうか? 意外とメンタル強いな!」


大和はいい奴だ。慰めてくれて、気持ちが落ち着く。僕は空音に目線を移した。空音とは同じクラスだ。当然、空音もいる。一瞬、空音と目が合う。空音は一瞬びくっと震えた様な気がしたが、直ぐ目線を逸らした。空音には僕が空音を振った事にしたとLineで伝えた。理由は書かなかったけど、「ありがとう。ごめんなさい」という返信が来ていた。理由は理解できたんだろう。


☆☆☆


昼の授業が終わって、お昼休みのチャイムが鳴る。ふーと深呼吸すると、大和が来た。


「お昼どうだ? 今日から空音ちゃん来ないんだろ? 一緒に学食行かないか?」


「そうだな。たまにはいいか!」


「たまにはじゃないだろ? 当分そうだろ? このフリー男子!」


「……駄目よ」


涼やかな声が聞こえた。真白の声だ。朝の壊れ具合が嘘みたいに澄ました声だ。


「……悠馬は私の彼氏なんだから、ご飯は私と食べるの」


「へぇ?」


「……ええっ?」


大和は素で驚いた。僕も驚いた。真白らしくない。真白はクールな女の子だし、自分からグイグイ来るタイプじゃない。


「(いや、付き合うのはテイだって言ったろ?)」


「(私はマジよ。喧嘩売る気?)」


小声で話すが大和には聞かれてしまっているだろう。僕は気がついた。朝の真白の壊れ具合だと、何でもするかもしれない事を……真白らしくない事をするかもしれないという事に、僕はようやく気がついた。


「なあ、お前、真白さんとの事はテイだって言ったよな? そうだよな? 嘘だったら、絶交なんだからね? 本気なんだからね!」


だから、何でお前がツンデレになる? 大和?


僕は真白に手を引かれて屋上に連行された。真白のもう片方の手にはお弁当らしきものが二つあった。もしかして僕の為にお弁当を? そうなら嬉しいけど、そんな処見られたら、かなりヤバい事になる。真白はクラス委員長の藤沢に話してくれたから、クラスのカーストトップの頂点の男女は本当の事を知っている。空音と藤堂の為だ。二人共、それぞれ攻撃対象になりかねない。藤沢達が空音と藤堂を守る筈だ。だけど、真白との事はあくまでテイだと思った筈だ。マジだと、僕がヤバい。真白はかなりモテるのだ。真白は毎日お昼は告白タイムと噂されている位人気がある女の子なのだ。あのツンとすました処がいいという男がかなりいるんだ。 しかも、今は本物のプラチナブロンドに青い目…絶対男子の目が熱く注がれるよね?


「なあ、僕、ヤバくない?」


「何がヤバいの?」


「真白のファンに殺されそうなんだけど」


真白は指を唇にあて、首を傾げて考える様な素振りをする。考えて! 僕の身の安全、大事!


「悠馬。頑張ってね☆」


涼やかな声で、ニッコリ笑って真白はそう言った。考えてくれない訳ね。自分で何とかしなさいという事ね?


二人で屋上のベンチで座ると、真白はハンカチを広げてお弁当を食べるスペースを作った。比べてはいけないが、こういう処は真白はしっかりしている。空音はこういう事ができる子じゃなかった。空音ともこの屋上でお弁当を食べた事があったが、いつもハンカチを用意するのは僕の役割だった。空音がハンカチを出す前に僕が用意を整えていた。空音は結構天然で、一番近い電車の駅前ですら迷子になる。僕がキチンとしないと駄目な子だった。そこが可愛かったのだが……


「……お弁当、作ってきたから」


「……ありがとう。真白」


嬉しい気持ちと、これから起こる災難を考えて、ちょっと複雑、と思いながら、真白のお弁当の唐揚げを口に運んだ。


「!? この唐揚げ美味い!」


真白のお弁当の唐揚げはびっくりする位美味かった。もちろん不味い唐揚げ等食べた事はなかったが、こんなに上手に味付けされた唐揚げは初めてだ。


「そ、そう? 美味しい? じゃ、私のもあげる」


そういうと、真白は箸で唐揚げをつまんで、僕に差し出した。そして、


「悠馬、はい、『あ~ん』」


僕は心臓が止まるかと思った。突然の『あ~ん』だ。それも真白は顔を赤らめて、明らかに凄い意を決して言っている。断った方がいいよね?


「あの、真白、できれば、ご容赦頂きたいんだけど、とてつもなく目立つと思う」


「わ、私に恥をかかせる気? 泣くわよ、盛大に泣くわよ、悠馬が私の『あ~ん』に応えてくれなかったって!」


余計目立つだろ!?


「わ、わかったから、食べるから、許して」


「うん、ありがとう」


そう言うと、真白は更に僕に近づき、って、近い、近すぎる! いい香りと共に凄い近距離で唐揚げを持った箸を僕の口に突っ込んだ。


もぐもぐ、


「美味しい!?」


真白の『あ~ん』の効果もあって、唐揚げは最高に美味しかった。


「ホント? 私、今日朝5時起きで作ったのよ! もう、悠馬ったら私達お似合い過ぎるからだなんて! まるで、もう夫婦みたいだなんて! 卒業したら結婚しようだなんて。恥ずかしい事言わないでよ!」


何時言った? そんな事……真白は朝の様に壊れだした。どうも真白は妄想癖があるらしい。僕との都合がいい様に脳内で少々現実の捏造が行われる機能を有している様だ。やはり、脳神経外科への受診を勧めよう。せっかくの美人がかなり台無しだ。ていうか、真白って、かなり残念な女の子だね。


真白は更に身体をねじらせてイヤンイヤンのポーズを取りだして、


「ええ!? 私の事! 運命の人って、あわわわわわわっわわ!? そんな急に、そ、そんなに急に駄目よ! イケないわ。未だ早いわ!? ちょっと待って。悠馬! 落ち着いて!」


「(いや、落ち着くべきは真白の方だろ? もしかしてこの子、頭のねじどっかとんでる? やはり、救急車を呼ぶべきだろうか? しかし、どこの科を受診すべきだろう? 妄想科?)」


「私達、そんなにお似合いかしら? ねぇ? どうしましょう? ぐへへっへぇ~」


「(いや、だから誰が言ったの? 誰もそんな事言ってないよね? これは緊急修理が必要だよね。スマホやパソコンなら電源ON/OFFでたいてい治るけど、真白に電源スイッチ、無いよね? いっそ殴るか?)」


そんな事を考えていると、何故か周りに人だかりができていた。どうも、真白の妄想ショーが盛大に暴露されたらしい。これ、絶対、僕が被害に会うフラグだよね?

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