第5話 その頃エースストライカー藤堂は? 1

サッカー部のエースストライカー、悠馬の幼馴染 空音を奪った藤堂は格下の他校との練習試合に挑もうとしていた。もうじき県大会が始まる。先ずは格下の高校を一気に下し、弾みをつけるつもりだ。


毎年このカードは有名で、サッカー部員の関係者以外も多く観戦に来る。今年のサッカー部の仕上がり具合を見る為だ。この高校始まって以来の最高得点を記録したこのメンバーに、みなの期待が熱い。


「今日は勝つのが目的じゃない! 如何に華麗に勝つかを主眼にいれよう!」


「「「「……」」」」


「ちっ…」


どうも軟弱な悠馬を顧問の先生と結託して追い出したのが不満なのか、みな表情が暗い。全く、どうもアイツの事が嫌いなのだが、アイツの幼馴染を奪って、上手くサッカー部を追い出せたのに、こんな感じでが皆意気消沈されたら、たまらん。士気にかかわる。全く、あんなヤツの事は気にしなければいいのに、全く、足でまといの癖に、退部になってからまで、足を引っ張るとはな…


「みな悠馬の事は早く忘れろ。彼はいないんだ。いなくなった奴の事を何時までも考えても仕方ない」


「「「「……」」」」


皆、やはり無言だが、試合が始まる。相手は格下のチームだ。毎年県大会の上位まで行く俺達にとっては楽勝の相手だ。


「ミッドフィルダーが抜かれた!!」


新人の茅ヶ崎が悲鳴をあげる。何を一体騒いでいるんだ?  そんな事をいちいち気にしてどうする。うちの守備は弱いが、攻めればいいだけだ。攻撃は最大の防御だ。まあ、5:0で。サクっと倒して終わりだな。


「皆、気軽に倒すぞ。こんなヤツらは雑魚だ!!」


俺は皆に発破をかけた。何時までも意気消沈されてはかなわん。


サイドバックが対戦チームのフォワードにスライディングを仕掛ける…が、抜かれた。そしてセンターバックも…。そして、あっさり一点を失点する。


「す、すみません。最近の試合でミッドから抜かれる事なんて経験していなくて…」


「言い訳するな! 構わん、力押しで押し返すぞ!?」


しかし、対戦チームに簡単に押される。藤堂の処へはボールなんて来ない。その前にミッドフィルダーが何度もボールを奪われたり、パスをカットされたりして、ゴールを脅かされてばかりだ。ミッドフィルダー…悠馬のポジション。


「藤堂さん、下がってディフェンスに参加をお願いします!?」


センターバックの辻堂が大声で叫ぶ。何故だ? いつも敵はこちらの攻撃に対応するのがやっとで反撃だなんてできなかった。俺達のレベルなら、こんな敵、楽勝の筈なのに!


「いつもよりパスが回らない気がします。茅ヶ崎? 調子が悪いのか?」


「いえ、ちゃんといつも通りです。ただ…」


一年生のセンターバック辻堂から同じく一年生のミッドフィルダー茅ヶ崎に質問が飛ぶ。


「みんな、きっと、たまたま運が悪いんだろう。そういう時もあるさ。気にするな」


気休めを言うが、普段ならこんな相手にこんな苦戦をした事はない。一体どうしたんだ?


苦戦はしたが、何とか前半を0:1で凌いだが、まるで格上のチームと戦っているかの様な錯覚を覚える。


「おい、みんなどうしたんだ? 俺達は栄えある雪の下高校のサッカー部なんだぞ! みんなもっとやる気を出してくれ!!」


糞、悠馬がいなくなってやる気が出ていないのだろう。全く、あの足手まといときたら!


しかし、後半に入って事態が好転する事はなかった。続いてミッドフィルダーもフォワードも次々とボールを奪われて、パスをカットされて、苦戦した。自身でも体感できた、普段よりボールが上手く回らない。簡単にボールを奪われて攻撃ができない。敵の攻撃を防御してばかりで得点する機会がない!


この苦戦は当然だった。雪の下高校サッカー部の顧問は素人だった。彼は攻撃陣にばかり力をいれて、守備陣の事に注意を払わなかった。その為、信じがたくバランスが悪い攻撃へ極振りのチームへとなってしまっていた。そしてバランスの悪いチームのバランスを一人でとっていたのが悠馬だったのだ。


彼はミッドフィルダーだが、得点した事はない。その代わり圧倒的な守備力で相手の攻撃を防ぐばかりか、ボールを奪い、パスをカットし…そして絶妙なパスを前衛に出す。このチームが超攻撃型のチームでいられたのは悠馬のおかげだったのだ。


それに、悠馬の抜けた穴はそれだけではなかった。


「おい! こんな時どうしたらいいんだ?」


エースストライカー藤堂は思わず叫んだ! 滅多に直面しないレアなルール上の問題。この手のルールはきちんと理解をして考えて対処しないと、例え格上のチームでも危ない。


「ゆ、悠馬さんがいないから…」


新人の茅ヶ崎の言葉に藤堂は思い出した。だいたい、サッカーのルールの詳しい知識を持っていたのは、あの忌々しい悠馬だったのだ。悠馬はそれだけで無く、様々なシチュエーションでの情報や攻略法を覚えていた。


それ位しか、やる事がなかったが、今となっては、新たに知識面の人材がいる事は明らかだ。


「明らかに俺達弱くなっていませんか?」


センターバックの辻堂が泣き言を言う。


「泣き言を言うな! お前たちの気合いが足らんだけだ!?」


エースストライカー藤堂の叱咤がフィールドにこだまする。


だが、結局、彼らは0:5で惨敗した。

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