第3話 真白がやって来た

昨日は、お母さんとお父さんと妹に慰められた。夕食が喉を通らなかったから。親と妹の前で情けなく泣いた。諦めるなって......お前達17年の絆は強いって......は? 空音そらねが真実の愛に気がつくって? でも僕には、あの転校生藤堂とうどうの前で曝出さらけだした様な恋する顔を引き出す事なんてできないだろうと思った。僕の知らない空音があの時いた。


結局夕食が喉を通らず、部屋に戻って泣いた。泣き疲れて、鼻が詰まって、苦しくて息もできなくなってきた。ふっと想い、カーテンの窓の隙間から外を眺める。こうすると少しだけ隣の家の空音の部屋が見える。部屋には明かりが灯っていた。まさか藤堂と一緒じゃ? なんて事を考えてしまう。空音は両親と住んでいる。こんな時間に男の子を家にあげたりしないだろう。駄目だな僕、妄想が進んで被害妄想ですらある。そして僕は一睡もできず朝を迎えた。土日じゃないから学校が恨めしい。できれば休みたい位だ。というか休もうかな? もう、引き込もろうかな? なんて思っていると、


「お兄ちゃーん、真白ましろおねーちゃんが迎えに来たよー!」


妹の琴里ことりがそんな伝達をしに僕の部屋までやってきた。


「……はあ?」


驚いた。朝、僕を迎えに来るのはいつも空音だった。当然今日からは来ない。でも、僕にはもう一人幼馴染がいた。不知火真白しらぬいましろ。小学生の頃は空音と一緒に三人で登下校した事もあった。真白の家は三軒隣で、僕を朝起こす役割はいつも空音だったけど、時々真白が代わりに起こしに来てくれた事がある。僕と空音が付き合いだしてからは、彼女は遠慮したのか、付き合いだして以来、一度もうちに来てくれた事は無い。当然と言えば当然だろう。


「真白?」


「わ、私、別に悠真の勘違いなんだからね! 別にこの隙に乗じて、お付き合いしてもらって、恋人なるとか、お似合いの2人になるとか、未来のお嫁さんになるとか、婚約届けには今から署名しておいた方がいいとか! 悠馬が18になったらすぐに婚約届けを出した方がいいとか、新婚旅行はハワイがいいとか! 思ってる訳じゃないからね!」


真白のチョロインぶりにも驚いたけど、真白の容姿にも驚いた。いつものギャルファッションじゃない…どちらかと言うと清楚系、それにプラチナブロンドの長い髪、青い目、透けるような白い肌…。真白って本当に日本人? どちらかというと…


「いや、真白?」


「違うんだから、違うもん。妄想じゃないんだから。妄想じゃないもん」


「(真白は、頭の病かな? ちょっと同情しよう。いや、普通、僕が同情して欲しいところなんだけど?)」


「お兄ちゃーん、気分転換に真白お姉ちゃんと一緒に学校に行きなよ。久しぶりでしょ?」


そういうと、妹はニッと笑った。僕は察した。これは妹の琴里ことりの差し金だ。真白はチョロインでも本来クールだ、こんなに大胆にグイグイ来る筈が無い。琴里が何か吹き込んだのだろう。でも、その配慮はちょっと嬉しい。僕は少々シスコン気味で、妹に甘い、妹も僕には色々思う処があるのだろう。ここはお言葉に甘えて真白と一緒に久しぶりの幼馴染の頃の話でもしながら登校しよう。


真白は小学校の時から少し近寄り難い雰囲気を持つ美少女だった。それも、成績優秀、運動神経もいい。空音がいなければ真白に惚れていただろう。でも、真白はツンとしていて近づき難い空気を絶えず纏っていた。それで高校一年の時からクラスに馴染めなかったが、その美貌と孤高のクールビューティぶりから人気があった。


でも、それはホントは空音も同じなんだけど、いつも一緒にいるとそんな風に思った事は一度もなかった。空音を失って、初めて気がついた。僕は凄く運が良かっただけなのかもしれない。空音と幼馴染という立場だったから、僅かな間でも彼氏彼女でいられたんだ。


でも、クールビューティな筈の真白が僕の前では何故かチョロインになっている。真白にかなり失礼な事を想う一方、真白に感謝した。心が慰まった。あれ? 僕もちょろいヒーロー、ちょいERO?


「ね、ねえ、悠真。悠真も、私とお付き合いしたいと思ったでしょ?」


「いや! 全く!」


「そ、そんな……」


真白が僕に必死にアピールをしてきたのだけど、全力で撥ねつけた。そこまで簡単に割り切れないよ。昨日振られたばかりなんだよ。真白の気持ちは嬉しいけど。


「ねえ、真白って、ホントに日本人なの? その…青い目…それカラコンじゃないでしょ? それに、真白の顔立ちって、もしかして北欧かあちらの?」


「やっとわかった? 私、お父さんがロシア人でハーフなの。でも、子供の頃から髪を黒く染めて、グレーのカラコン入れて日本人ぽく見せていたの」


「驚いたよ。よく幼馴染の僕まで騙せたね?」


真白がニッコリ笑ってしてやったの笑顔を魅せる。僕は本当に驚いた。子供の頃の記憶って曖昧だけど、まさか真白にロシア人の血が流れているなんて思いもしなかった。それにロシアは僕にとっても関係が深い国だ。因縁を感じてしまう。


「ねえ、悠馬。みんなには何て説明するつもり?」


「何てって? 空音に振られた事?」


「そう、このままだと空音が悪く言われるわよ」


「えっ? それは僕には関係ないんじゃ?」


「いいの? 空音がいじめられたりしても?」


「そ、それは嫌だ......」


それは本当だ。振られて悔しいし、今は憎い位だ。でも、おとしめる様な事はできないし、いじめられる様な事は嫌だ。流石に17年の幼馴染としての歴史が幼馴染がいじめられる様な事を拒否した。


「じゃあ、あなたが空音を振った事にしなさい」


「はぁ? そんな嘘すぐにばれるよ、意味ないよ」


「ばれない嘘をつけばいいのよ」


「……どんな嘘?」


「あなたが浮気して私とつきあい出した事にすればいいのよ」


「真白? それ、本気?」


「……本気よ」


「真白が悪く言われんじゃないか?」


「私は構わないわ。どうせ友達少ないし」


さっきまでのチョロインぶりは嘘かの様に学校が近づくにつれて真白は段々普段通りクールな真白に戻っていった。でも、僕は気がついた。


「僕も悪く言われない?」


「そりゃそうよ、普通?」


真白が何言ってんのという顔をする。いや、僕は自分が悪く言われるの嫌なんだけど? だって振られたの僕だよね?


「あなた、まさか男の子の癖に自分可愛さに保身を考えていないでしょうね?」


「いや、だって、振られたの僕だし、被害者だよ。なんでそこまでしなきゃ?」


「あなた、そんなだからモテないのよ! あなた、成績だって、その顔だって」


何故か真白は顔を赤らめて言いよどむ。いや、今更好きなの隠そうとか思っているのかな? やっぱり、脳の健康診断を受ける事をお勧めした方がいいかな? その上で、脳のオーバーホールが必要だと思う、うん。


「あなた、自分の事、なんて思っているの? モテない事以外に友達少ない事とか?」


「いや、僕、ちゃんと友達一人いるから、僕、ハイスペックすぎて、だから......。友達も少ないけど......。べ、別に性格が悪いからじゃないんだからね! ・・・たぶん」


「なんであなたがツンデレになるのよ! それに性格悪い事とKYを自覚した方がいいわよ」


「......そんな事言う? 傷つくんだけど?」


「あなた、成績優秀で結構運動神経もいいでしょ? そういう男の子は周りに配慮しないと嫌われるわよ」


「それは真白もそうなんじゃないの?」


「それはそうね。それは私も同じ課題なの。何とかしたいとは思っているのだけど…」


しばらく沈黙が続いたけど、真白が突然スマホを取り出して、ピコピコと何か操作する。


「何をしてんだ?」


「う、うん? だから私達が付き合い始めた事、クラス委員長の藤沢ふじさわ君にLi〇eしといたから、あなたも空音に伝えておいて、話あわせておかないと」


「ええっ!? 僕、同意していないよ」


「男の子のあなたに他の選択肢がある訳ないでしょう?」


「でも、事の顛末、もう、友達の大和やまとにLi〇eしちゃったよ」


「直ぐに口を封じて、すぐLi○eして!」


真白に言われるまま、大和に事の顛末を説明するLi〇eを送る。ビックリする位直ぐ既読になり、「OK了解」の返信が来る。


「これで私達、恋人同士ね♪」


真白はクールな微笑を浮かべて僕を見た。でも、これ、ホントに空音のため? 真白がチョロインな事を知っている僕は少し疑った。クールを装っているけど、口元が緩んでいるのが見てとれた。


「(得しているの真白だけだよね?)」


こうして僕は失恋の次の日に無理やり真白とカップルにされた。

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