第28話 真白、由比ガ浜に降り立つ

「…うう、気持ちが悪い」


気分を悪くしているのは海老名だ。彼女は約束の海までバスで来たのだけど、どうもバスに酔ってしまったらしい。


「悠馬ぁ! 背中、背中さすってぇ~。それかいっそのことおっぱいもんでぇ~♪」


「なんでおっぱい揉まなきゃいけないの! だからそれ! 性犯罪だからね!」


「もう、今にも…必殺マーライオンがさく裂しそうで…おっぱい揉みほぐしてくれたら…らくになるとおもうんだ…まじで…」


なんでそうなる?


「揉んだら訴訟して、慰謝料を請求する気だろう? 全く海老名は懲りないなぁ」


「訴訟なんてしないわよ。ただ、契約書にサインすればいいだけだよ」


「契約書って何?」


「…婚姻届よ、恥ずかしいよぉ、女の子にそんな事言わせないでよぉ♪」


いや、それはむしろ可愛いだろう、どちらかと言うとみなの前でおっぱい揉みほぐしてって言う方が恥ずかしくないの?


「悠馬? お前、本当に花蓮とはなんでもないんだよなぁ? 本当だよな?」


「大和、僕、真白の彼氏だよ。だから海老名に言い寄ったら、浮気じゃん。そんな事しないよ」


「…本当か?」


大和が僕に疑いの目を向ける。無理もない、大和は海老名に惚れているんだ。それにしても、大和、さりげなく、海老名の事を下の名前で呼んでるんだな、前進あったんだね、その調子で海老名を落として! 僕の為に!!


「大和、悠馬と真白さんが仲がいいのは知っていたけど、海老名さんとも仲が良かったんだな、知らなかったな」


声をかけて来たのは大和の友達の三浦君だ。大和に三浦君を誘ってもらったんだけど、三浦君は真白の事好きっぽいから、少し不安だ。詩織さんの話だと、最近三浦君と詩織さんは大接近していて、ここは詩織さんに三浦君を落としてもらおう、僕の為に!


「お待たせしましたぁ、ごめん、待たせちゃったぁ!」


そう言って到着したのは今日の主役、詩織さんだ。真白の肩出しの露出が多い服装と違い、白いワンピースに青のスカート、カゴのバック、典型的な清楚系の装いだ。


いいな、真白が清楚系の服を着たら、凄く似合いそう。


「悠馬! おっぱい揉むの、もう我慢できないの? しょうがないわねぇ! 私で我慢してぇ♪」


「「「えええええっ!!!」」」


真白がさっきから黙っていたと思ったら、何かよくわかんない妄想が暴走していたらしい。


「テシっ!」


「あ、あれ? 私は一体何を?」


いつものようにチョップを入れて、真白の故障を治す、最近真白の取り扱いがよくわかって来た。


しかし、ここで、重要な案件が発生した。


「ところで、悠馬、ちょっと、顔をかせ」


「そうだよ、悠馬、ちょっと話がある」


何故か大和と三浦君が僕を呼んで、男子三人だけの密談に誘う、一体何だろう?


三人でこそこそ話す。


「なあ、悠馬、真白さんのファッション、お前の好みだろう?」


「あれはまずいよ。よく似合っているけど、あれはまずいよ」


「何の事?」


今日の真白はスキニージーンズにダブダブの白いTシャツ、いつものように肩出しのタイプ。


昨日ショッピングモールで真白がガン見されたから、丈が短いスカートはデニムに変更したんだ。肩出しもいけなかったかな?


「悠真、お前、彼氏でも、もう少し自重しろよ。真白さんのブラが透けちゃってるじゃないか!」


「そうだよ。真白さん、ただでも目立つのにブラがTシャツから透けてたら、男だけじゃなくて女の人にも見られちゃうよ。本当、自重しろよ。自慢したい気持ちはわかるけど…」


「ええっ!?」


僕はようやく気がついた。ロシアでは夏に女の子がシャツからブラ透けているなんて、当たり前の事…でも、そういえば、日本では見たことがない。真白と妹の琴里以外は!


「もしかして、日本じゃブラ透けたらダメな法律が?」


「そうじゃなくて普通だめだろ?」


「そうだよ! さっきから、みな真白さんをガン見だぞ!」


僕はようやく事態が飲み込めた。僕も真白も3年ほどロシアにいて、常識がロシアやヨーロッパよりなんだ。奥ゆかしい日本人には刺激が強すぎたんだ。僕が早く気がつくべきだった。いくら真白が可愛くても、あんなにガン見される訳がないんだ。ようやく間違いに気がついて、僕らは急遽鎌倉駅の近くの店で、真白のシャツを買った、もちろん透けないやつ。


ビーチの由比ヶ浜までは鎌倉駅から歩いて行ける。


ビーチに近づくに連れて音は大きくなり、小さくなる、ざわざわと音は何度も聞こえる。


ザザーン、ザァザァ


「潮騒ね」


真白の言葉にみな一斉に海の方を見る。


「…こ、これが初夏の海ね、綺麗」


「…素敵」


「…き、綺麗」


みなめいめいに感想を漏らす。それ程初夏の海は新鮮だった。初夏の海はまだ淀んでなく、水面は美しい青、それが遠目ではなく目の前にあった。どこまでも透き通るような青、ラムネのような水色をした海、抜けるようなコバルトブルーの海、翡翠色にまどろむかのような海。ああ、なんて綺麗なんだ。


「心地良い音だね…」


浜辺に波が打ち寄せると、波が崩れて海水が音を立てていた。さっきまで真白のブラが透けちゃっている事件でワタワタしていたけど、目の前に広がる白い波の美しさと、同時に聞こえる波の音に魅了された。


「潮騒が聞こえるって、言うのかな…悠馬…」


砂浜に着くと、すぐに海の家の更衣室に向かった。幸い、この更衣室はかなり綺麗だ。


真白や女の子達がいるから、ぼっこいと大丈夫かなと心配してしまうけど、ここなら大丈夫そうだ。

着替えて荷物や貴重品をロッカー預けて、準備する。まだ肌寒いのでパーカーを羽織る、よし! 準備完了だ!


僕が着替え終わると大和も三浦君も準備できたみたいで、一緒にビーチの待ち合わせ場所に向かう。女の子達は多分、もっと時間がかかるかな?


「それにしても大和と悠馬の筋肉すごいね?」


「ええっ? いや、僕、一応元サッカー部だったから。一応鍛えていたよ。それに筋肉の凄さなら大和の方が凄いよ。僕もびっくりした」


「いや、俺のはプロになるために必死だから、毎日腹筋腕立て1000回やってて、でも、正直俺のはムキムキすぎて悠馬みたいに細マッチョの方がモテそう」


「悠馬君はもう真白さんがいるから、これ以上モテないでくれよ。俺、失恋の痛みからようやく立ち直ったんだから」


三浦君は真白の事が好きだったのか、そういえば、以前友達になろうと思って声をかけたら、罵られた。僕が真白の純潔を奪ったと思ったみたいだけど、あの誤解解けているのかな?


「でも、悠馬の事は見直したよ。本当は空音さんに振られたけど、悠馬が振った事にしてあげたんだってな。真白さんとも、テイだったけど、そこから恋が始まって…そ、そして真白さんのじゅ、純潔をぉ! あああああああああっ!」


あ、ヤバい、肝心なところの誤解が解けてないみたい! 大和! 何してんの!


「ちょ、ちょっと待ってよ! 真白の妄想癖で、誤解なんだ! 僕、真白とはまだキスもしてないよ。清い交際なんだ。僕、今は真白の事好きで、その…大切にしたいんだ…」


自分で言っていて恥ずかしくなって来た。


「そうなの? 俺、てっきり…あんなに仲がいいし…でも、そう言えば、普通そんな事暴露しないか…」


そうだね、そんな事するの真白だけだよ。もっとも真白は自分の妄想がダダ漏れな事に気がついていないし、妄想と現実捏造機能であんな事になっているだけなんだけど。


そんな事を言っていると、男の声が聞こえてきた。そして女の子の声も、これ聞いた事のある声!


声がした方を見ると、見覚えのある4人が男達3人に囲まれていた。4人は見覚えがあった。当然だ、クラスメイトの川崎と綾瀬、それと仲の良い女の子の日吉と綱島だ。


「君、可愛いね! 水着、凄い似合ってる! 日差しも暑いし…一緒に太陽に焦がれませんか?」


「あそこのイケメン、俺の友だちなんだけど、一緒に遊ばない?」


「ここの海の流れ、けっこうキツイらしくて、流されやすいから気をつけてね。ところで俺との恋に流されるっていうのはどう?」


「…や、止めてくださいぃ」


「私が日焼け止め必死に塗っているの見えないの? 馬鹿なの?」


こいつらどうも隣に男の子を連れている日吉と綱島を堂々とナンパするつもりらしい。紳士協定違反だ!


それにどこを見ても女の子達は必死で日焼け止め塗ってるのに、一緒に太陽に焦がされようだなんて確かに笑える。更にイケメンと友達なら、イケメンだけ呼んで来いよ、ほんと…最期のヤツは…意外と上手いなぁ、感心しちゃった。


でも、いきなり、ハードなイベントがやってきたのは火を見るより明らかだった。

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