第50話 空音の心
私はなんてことをしてしまったのか?
私には幼馴染で婚約者の彼がいた宗形悠馬。私と彼は同じ街のお隣同士で子供の頃から一緒に育った。
『大きくなったら悠馬のお嫁さんになる』
今から考えたら恥ずかしい事をあの頃は当たり前の様に言えた。
今でも気持ちは同じ。私は悠馬が好き。
だけど、私は悠馬を裏切った。私は転校生の藤堂君に心を奪われた。
私は悠馬に浮気をされたと思って、出来心で、藤堂君とデートした。
デートを重ねるうちに線の細い悠馬と違う、藤堂君に惹かれた。
どうせ、悠馬は浮気をしてるんだ。
そう思って、気軽に私も浮気して、デートを重ねた。
そして悠馬とデートしている時とは違う感情が芽生えた。
悠馬の時は優しくて、いつもと何も変わらない感情、でも、藤堂君とデートしていると、刺激的な魅力でドキドキした。
藤堂君は悠馬と違って、高価なプレゼントをたくさんくれた。
悠馬と違って、隠キャじゃなくて、、サッカー部のエース。
みなから歓声を受ける彼はカッコ良かった。
でも、私は本気で藤堂君に気持ちが全て行った訳じゃない。
これは悠馬への仕返しなんだ。悠馬に私の存在を思い出して欲しい。
そんな気持ちだった。
でも…いつしか心は藤堂君に傾いて行った。
浮気した悠馬なんか…それに藤堂君と一緒にいると、クラスの中心の人達から声をかけられて、今まで感じた事のない快感。
私は素敵な人の隣にいるんだって、思った。
だから、悠馬とは別れよう。中途半端は止めよう。
悠馬には一旦区切りをつけて…どうせ悠馬は私をいつまでも待っているんだから。
私と悠馬の間には10年以上にもわたる歴史がある。
その仲が崩れる筈がなかった。誰も間に割って入る余地は無かった、筈だった。
私は自分自身が心変わりをした癖に、悠馬はいつまでも私を待っていてくれる。
私が彼の元に帰ってあげたらきっと喜んで迎え入れてくれるに違いないと思っていた。
私は浮気して、悠馬を振った癖に、最後は悠馬の元に戻るんだろう…そんな風に勝手に思っていた。
そしてあの日、悠馬の浮気相手の詩織に話しかけた。
『ねえ、詩織、あなた1か月位前に悠馬と、…その…ショッピングモールで二人で逢っていなかった?』
『えっ? 見つかっちゃっていたの? ごめん、でも、やましい事は何もしていないわよ。それに、今、空音は悠馬とは別れたんでしょう? 私、藤堂君にアドバイスされてね、悠馬君の空音の記念日のプレゼントを探すの手伝っていたの。藤堂君がね、悠馬とデートしたかったら、そうすると、きっとデートしてくれるよって、教えてくれたの!』
『えっ!?』
私は絶望の淵に落とされた。浮気者は私? 私だけが浮気者?
でも、私は藤堂君の魅力に抗する事ができなかった。
一緒にいると安心感しかない悠馬、一緒にいるとドキドキする藤堂君。
私は藤堂君への気持ちが急激に高まった。自分が裏切り者の浮気者だという事を忘れて…
藤堂君…浅黒い肌、男らしい大柄な体。切れ長の目、爽やかな笑顔、彼からこぼれる微笑み。
ひょっとしてこれが本当の恋? 悠馬とはただの幼馴染? 仲の良い兄妹みたいなもの?
私にはそう思えた。悠馬には感じた事がない激しい感情が湧き出してきた。
「空音さん、もし、よかったら、僕と付き合ってくれないか?」
「う、うん。わかった…」
私は簡単に返事をしてしまった。
悠馬を浮気者のように見せかけて、私に近づいた事はわかっていた。
でもこの感情を止められなかった。そして、私は悠馬の事を忘れてしまっていた。
藤堂君とデートを重ねて、悠馬には感じた事のないドキドキを楽しんだ。
最高に幸せだった。その時は…
そして、藤堂君がキスを迫った時、ドキドキした心は最高潮に達した。
でも、私は藤堂君とキスができなかった。だって、頭に悠馬の顔が頭に思い浮かんだから…
帰宅するとあの激しいドキドキはどんどんと消えていった。
そして、私は悠馬の事を思い出した。
藤堂君と違って、いつも車道側を歩いてくれた悠馬、買い物してもスグに重い荷物をもってくれる悠馬、ファミレスでご飯をオーダーする時にいつも私のメニューが決まるまで自分の事は後回しにする悠馬…
涙が出てきた。
『わ、私はいったい何て事をしてしまったのか?』
悠馬! 悠馬! ごめんなさい。わ、私、あなたを裏切ってしまった!
さっきまでの自分が信じられなかった。あの感情は今は無い。
今あるのは悠馬への罪悪感。そして…ゆ、悠馬は私を許してくれるだろうか?
許される事じゃ無い。だけど、悠馬が私のそばからいなくなる? そう考えたら?
私の心は奈落の底へ落ちていった。嫌だ、悠馬と別れるなんて!
悠馬との将来を想像すると簡単に出来た。
優しい顔の旦那様の悠馬、そして私、私の腕には悠馬の赤ちゃんが笑っている。
昔からずっと一緒。悠馬にあの熱いドキドキを感じた事は無かった。
でも、二人でいる時間はいつも優しく、穏やかな時間が流れていた。
悠馬、ごめんなさい。
私はその夜、泣き続けて、眠れなかった。
☆☆☆
あくる日の夜、悠馬に謝った。私は裏切り者、悠馬を裏切った女…
でも、悠馬は優しい…
…だから、きっと許してくれるに違いない。
でも、悠馬は私に再びあの優しい笑みを返してくれる事は無かった。
知ってる、私を責めないで…知っている、私はあなたを裏切った汚い女。
身体を使って、何とか悠馬の気持ちをひこうとした。
どこまでも卑怯な私…でも悠馬はこれっぽっちも私に気持ちを返してくれる事はなかった。
悠馬の横には真白がいた。私達の幼馴染…いつも私達の近くにいて、それでいて、距離を持っていた真白…ほんの一瞬、私が悠馬の横から離れたら、そこには真白がいた。
『今は真白がいるから』
お願いだから、そんな事を言わないで! 私に向けていた愛おしそうな目で真白を見ないで!
私は真白への嫉妬心で心臓が握り潰れそうだった。
でも、私も悠馬の気持ちも真白の気持ちもわかった。
真白に言われた、私に振られた悠馬は自殺しかねない位落ち込んでいた。
その時の悠馬の気持ちはよくわかった。
他でもない、私が自殺したい位落ち込んだから…
自分のした事の罪深さ、愚かさ、醜さ…全部わかった。全部私が悪い…
真白は17年間ズッと私に遠慮してきた。
彼女は私が浮気なんかしなければ、一生気持ちを秘めたままお墓まで持ちこむつもりだったと言った。
私、真白に勝てるところなんてない。
悠馬はあんなに私の事を見ていてくれたのに、私は悠馬の事なんて何も見ていなかった。
悠馬に相応しいのは、真白…
わかってる。全部私が悪い、全部自分の裏切りがこの結果を招いた!
でも、悠馬の隣にいたい! 悠馬と一緒にデートしたい! 悠馬とキスしたい…
悠馬にあの優しい目で見て欲しい!
でも、今は叶わない夢…
わかってる。
なら、せめて幼馴染として、少し離れたところで二人を見守らせて欲しい。
私はせめて悠馬に謝って、幼馴染としての自分の立場だけでも回復したかった。でも、
『空音、僕は君を部屋には入れない。僕は二度と空音に会わない事にした。大学も、東京の大学に行こうと思う』
私は悠馬と二度と会えなくなった。
…本当に大切なものって、無くしてから分かるんだ。
こうして私と悠馬の17年の歴史は終わった。
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