第8話 その頃エースストライカー藤堂は? 2
サッカー部顧問の大船は理事長に呼ばれて理事室を訪れていた。高級そうなソファーに座るよう促されて、理事長の言葉を待つ。
「それでどうだ? サッカー部の強化の進捗状況は?」
「はいっ! 順調に進んでいます。何せよ歴代最強の攻撃陣を擁する雪の下高校サッカー部です! あとは私のできる事など何もございません。経験を積ませる為、練習試合を組んでやる位かと!!」
躊躇なく嘘の報告をする大船、しかし、
「そうだな。何にせよ、今のサッカー部には悠馬君がいるからな!」
「はっぁ!? ゆ、悠馬ですか? あの一点も得点を取れなかったミッドフィルダーがですか?」
大船は心底驚いた。あのごみの様な悠馬の事を何故理事長は持ち上げる?
「ははっ! 現サッカー部が歴代最強なのは、彼のおかげだからな。わしも安心しておる。ところで、悠馬君は元気にしているか?」
「え、ええ、もちろん元気にしております。しかし、何故悠馬にそれ程ご執心なのでしょうか? 悠馬は言うなれば唯の守備要員です。もちろん守備の役割を軽視するようなつもりはございませんが、やはりサッカー部の要はエースストライカーの藤堂かと思います」
大船は悠馬追放の事は咄嗟に伏せた。理事長の真意がわからない。あんなごみの様な存在を覚えている事自体が信じられない。
「君の目は節穴か? 1ヶ月ほど前に練習試合を見たが、見事だった。弱いディフェンスを一人でカバーして、献身的で玄人好みのプレイだ! あの若さでチームへの貢献を第一に考えるなんて、好感が持てる!」
大船の目が節穴? 彼は本気でわからなくなってきた、そこで、
「しかし、彼はあくまで守備の要…だとしても、攻撃の要である藤堂の方が重要な人物ではないかと思えますが?」
「と、藤堂? 誰だそれは?」
「ええっ!? あのエースストライカーの藤堂ですよ!」
大船は信じられなかった。理事長は得点した事がない悠馬の事は覚えていて、得点王の藤堂の名前を憶えていない? そんな馬鹿な! 理事長は大のサッカーファンの筈!
「ああ、あのやたらとボールを要求する自分勝手なフォワードか…彼はサッカーの事がまるで分っていないな。そもそも、彼は悠馬のおかげでゴールできるごっつあんゴールしかできないではないか? 正直、補欠にした方がいいと思う」
「ええっ!? と、藤堂を補欠にですか?」
大船は驚いた。エースストライカーの藤堂が補欠? 信じられない。しかし、理事長はかなりのサッカーファンで学生時代はこの雪の下高校のサッカー部を県大会優勝に導いたレジェンド!!
「理事長? 悠馬はあくまで守備陣です。何故、理事長は悠馬にご執心なのですか?」
「何を言っているんだ? 君もサッカー経験者ならわかるだろう? 彼は対戦者のボールを奪うと鋭いキラーパスをプロ顔負けの嗅覚で最善の位置に落とすだろ? しかも相手に合わせて、簡単に取れるようボールを! ボールを完全に支配下に置いていた。あれでは、対戦者もどうにもならないだろう? しかも、弱い守備を一人でカバーして、まさしく攻防の要だ!」
「は、はい!! ええっ!? いや、それは! いえ、さすが理事長! お目が高い!」
大船は咄嗟に話を合わせた、そういえば得点には必ず悠馬のパスが起点になっていた。それにどんなにおされていても、対戦者が悠馬の位置よりゴールの方に進む機会はほとんどなかった。唯一の例外なのは…失点した時だ! つまり、悠馬の守備位置は絶対防衛圏! 悠馬が抜かれた時は失点する時だ!
「いや、彼のスルーパスは絶妙だったな、プロでもなかなかお目にかかれない! 今年の県大会の優勝は間違いないな!」
大船は体中から汗を吹き出していた。そういえば、最近のチームの弱体化はあの悠馬を追放した頃からだ。まさか、そんな… それに悠馬を追放した事が露見したら、大変な事になる。大変だ! 何とかしないと! そうしないと、俺の出世に関わる!
「そうでしたか。私も悠馬は守備に関しては一品と考えていましたが、攻撃陣にも影響を与えていたとは! 不覚にも気が付きませんでした! 流石理事長! お目が高い!」
大船は愕然としたが、悪辣な彼は目まぐるしく計算した。
悠馬の追放は隠すしかない。そして、事実が露見する前に悠馬がサッカー部に戻ってきてもらう…だが、それは難しいだろう…ならば、藤堂に全ての責任を押し付けて、あいつを悪者にして、藤堂が勝手に悠馬を追い出した事にして…
「理事長! 安心してください! 悠馬君率いる我が雪の下高校サッカー部は必ず悲願の県大会優勝をもぎ取ってごらんにいれます!!」
「はは、私も我が高校の事ながら、なんという人材に恵まれたものかと自慢したいぞ! その点、あの藤堂というフォワードは自分の事しか考えないプレーが多いけしからん人物だ! サッカーは団体競技である事を理解すべきだ! 才能に恵まれないとはいえ、彼にも良くわからせてやってくれ、彼の人格形成には重要な事だ!」
何だとぉ? 藤堂が才能無し? それでは私があの糞に媚び諂った努力は一体どうしてくれるのだ? 大船は一人焦る。
大船は理事長との打ち合わせを終えると決意した。藤堂と悠馬を競わせよう。そして、藤堂が負けたら、それを理由に無理やりサッカー部から追い出そう。悠馬追放の責任は全て彼に背負ってもらおう。藤堂がいなくなれば、きっと悠馬も帰ってきてくれる筈だ!
「俺は騙されていただけなんだ! 全部藤堂が悪い!」
実際は藤堂の不満に乗じて大船が画策した事だが、すでに大船の頭の中では、全て藤堂が悪い事になっていた。
実のところ、悠馬が帰ってくる筈がなかった。彼は既に風紀委員クラブに属しており、サッカーよりも自身の日本人らしさを取り戻す事が重要と考えていた。今の彼にはサッカーは興味がなかったのだ。
彼は藤堂に体育祭のクラス対抗サッカー大会で優勝して、悠馬より優秀な事を証明する、できなければ、補欠にすると伝えた。
彼は雪の下高校の宿願、30年ぶりの県大会優勝の希望の星を自らの手で消してしまった事になぞ、これっぽっちも興味がなかった。ただ、自身の保身と昇進だけを考えるのであった。
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