第38話 新しい幼馴染? が来た…

昨日僕は海老名を振った…としか言えないよね。腹黒でも海老名は可愛いし、悪いヤツじゃない。…でも、僕には真白がいるから海老名の愛情には応えられない。


以前の僕ならズルズルとこういう中途半端な関係を引きずったのかもしれない。


僕は人に優しくするのが大好きだから…でもそれは相手の事を想っての事じゃない。親切にしたり、優しくしたりした時の相手の笑顔ってとっても素敵なものだ。


僕はそういった笑顔を見るのが大好きだった。でも、僕の優しさは僕の為…本当に相手の事を考えたら、嫌な事を言ったり、する事が必要な時がある。相手の事を思えば当然な事だ。


そんな事を思いながら、気が付くと今日も学校が終わり、放課後に部室に向かう。真白は海老名の風紀委員の手伝いを少しやる事があって、少し遅れるそうだ。


宗形悠真むながたゆうま様 ,こちらが風紀委員クラブの部室で宜しいのですね?」


「えっ? はい、そうですよ」


「では、失礼いたしますわ」


突然のクラブへの訪問者は下級生の女の子二人だった。かなり有名な子だ。何故なら彼女のお父さんは大企業の社長をやっていて、この学校にも多額の寄付金を出していて、みな知っている有名人だ。彼女には侍女がついていて、二人はいつも一緒だ。


でも、どうして突然僕達のクラブなんかを訪ねてきたんだろう?


侍女がドアを開けると、微妙にこの高校と違う制服を着た女の子がそこにいた。そっくりだけど、微妙により可愛く、より上質に制服をオーダーメイドしたんだろう、よくこんな事が学校が許しているなぁ、いや、多額の寄付金を考えると何も言えないんだろうな。


「お久しぶりです。宗形様、いえ、悠馬様!」


ご令嬢は胸の前に手のひらを握り合わせて挨拶する。


「えっと、あの、初対面だと思いますけど?」


「そ、そんなぁ陽葵ひなた の事を覚えていてくれないだなんてぇ! 陽葵ぁ! とても悲しいです!」


僕は慌てて、この突然の来訪者に困惑した。以前会った事があるなら、失礼になる。


「えっと! えっと! ええ?」


…汗


僕は記憶を総動員してこの子を思い出そうとしたけど、どうしても思い出せなかった。


「あっ! いえ、すいません。覚えている筈がないですよね? 10年前に偶然車で登校中に悠馬様をお見掛けしまして…悠馬様は子犬をなででいて、とっても素敵な笑顔で…」


それ、完璧な初対面だよね? ていうか、この子、なんで僕の事を知ってるの?


「あの、たまたま通りがかった車の中から見かけた僕の事なんて、何故知ってるのですか? えっと、陽葵さんというのですよね?」


「悠馬様、陽葵の事は呼び捨てにして下さいまし。これからの私と悠馬様との間に…そんな遠慮だなんて、私達幼馴染じゃないですか?」


「え? いえ、そういう訳にはいきませんよ?」


僕は頭の中がグルグルになった。 なんで、完全に初対面の女の子の名前を呼び捨てにするの? 失礼にしかならないよね? それに幼馴染? 初対面の幼馴染ってあり得るの?


「本当に二人の間に遠慮なんて不要ですわ。だって、悠馬様はわたくしの夫になる方」


艶やかな長い髪、個性的な吊り上がった目、整ってはいるが、少し幼さも残る美貌。


綺麗な長い髪と個性的な瞳に映える特注の制服に身を包んだその美少女、葉山陽葵。彼女は唐突にそう言い出したのである。


「悠馬様はわたくしの夫になる方なのです」


「……えぇ?」


唐突に意味の分からない事を宣言するご令嬢に、僕は体裁も忘れて素っ頓狂な声をあげる。


「ですから……悠馬様はわたくしの夫になるのです。わたくしが決めたのです。……ふふふ、嬉しくて仕方がないのですね?」 


ええっ? この人何言っているの? それに頭のねじは飛んだ子は間に合ってます。真白一人で十分。それに、このご令嬢、頭のねじの飛び方が真白よりひどいのは間違いない。


「えっと、間に合っています」


「またまた、悠馬様ったら、お照れになられて、嬉しいって言ってください♪」


自信たっぷりに言う陽葵…別に嬉しくない。これ以上頭のねじが飛んでいる子は御免こうむる。というか、僕は真白という恋人がいるんだ。


「悠馬様、わたくし、悠馬様のご希望なら何でも言う事聞いてさしあげます。わたくしに何かしたい事はございませんか?」


「何かするって、どういう事ですか?」


「例えば顔にドバドバかけてみたいとか、いきなり突っ込みたいとか♪」


「性犯罪じゃないですか?」


「わたくしはの悠馬様のいう事なら、何でも聞いて差し上げますわ♪」


「嘘だと思います。言ったら、スマホで録音して、通報されて、それで訴訟しない代わりに示談金を要求するパターンだと思います。良く知っている詐欺のパターンです」


「す、鋭い…何故分かったのですか?」


「知っている手口だし、そんな女の子いません」


「…えっ、世の中に疎いと思ったのにぃ~♪」


「あの、本気でそんな事考えていたのですか?」


僕は疑問に思った。相手は大金持ちのご令嬢で、当然お金に困るはずもなく、唐突に何を言っているんだろう? 発想が海老名と全く同じな事も不思議だ。


「...い、いえ、別にお金目当てではありません」


そういうと、陽葵は何故か伏せ目がちに切なそうな顔になった。ハラリと、陽葵の侍女の鞄から一枚の書類が落ちた。


「何か落ちましたよ」


「あ! それは見ちゃだめ!」


……婚姻届だった。既に名前が書いてあった。僕の名前と陽葵の名前。


どうして僕はおかしい女の子に言い寄られるのだろう? 僕は悪い事をした覚えはないよ。この子、真白と海老名を足して割ったような感じだ。既に残念な香りしかしない。


「…じゃ、そういう訳ですから」


婚姻届けと書かれた紙を取り出し、陽葵がぐいぐいと迫ってくる。というか、大企業の社長のご令嬢と結婚てそんな簡単にできるものなの? ここはきっぱり断った方がいいよね?


「断固お断りします」


僕がはっきりそう言うと陽葵はわなわなと震えだし、


「ど……どうしてですの? わたくし、自分で言うのも何ですが絶対美少女でしょう?」


自分でそれ言っちゃだめだよね?


「……陽葵さんは可愛い方ですけど、お父さんに許可もなく勝手に結婚はできませんよね?」


「そ、そんなの既成事実を作ってしまえば、こっちのものですわ、わたくし、車の中から一目見たあの時から悠馬様の事が忘れられなくて、その…あれ、なんと表現すれば…」


「陽葵様、あれ程練習したのに、一目惚れと言えばいいのですよ」


「ああ! わたくしの馬鹿、そうなんです。一目惚れなんです!」


この子、真白より頭のねじが緩んでそう。真白でさえ、エッチな誘惑したり、いきなり婚姻届けもって迫ったりしない。


「あの、いくらなんでも唐突すぎません?」


「……あの、悠馬様、少々お待ちください」


「ええっ? はぁ…わ、わかりました……」


有無を言わさない毅然とした態度で陽葵は侍女を連れて部室から出ていった。思わずはいと言ってしまった。


部室の外で話す声が聞こえる。


「どうして、悠馬様はわたくしの愛を受け入れてくれないのでしょうか? やっぱり、わたくしが馬鹿なのをご存じなのでしょうか?」


「陽葵様、落ち着いて下さい。確かに陽葵様は容姿にだけ極振りの馬鹿です! しかし、男の人はたいてい、頭の悪い女の子が好きです。ちなみに私は容姿だけでなく、学芸も優秀です!」


「顔にドバドバかけていいとか、いきなり突っ込んでいいと言っても全然振り向いてくれないじゃないの!! 全然話が違うんじゃないの? それに慰めているフリして、わたくしの事馬鹿にしていません! むしろ傷つくんですけど!!」


普通、聞こえない所で言い合いしないかな? それにあの侍女も馬鹿の香りが…


「…というか全然だめじゃないですか? 莉子が私の顔にドバドバかけてもいいとか、いきなり突っ込んでもいいとかと言ったら、悠馬様でも、簡単に落ちますって自信満々で言うから言ったのに! これじゃ、わたくしが痴女みたいではないですか!!」


「おかしいですね、私の計画は完璧だった筈ですのに…やはり陽葵様がその、あれなのがわかってしまって、流石の悠馬様でも萎えたのかと…」


「わ、わたくし、そんなに馬鹿ですか?」


「いえ、そんな事は決してございません」


莉子ちゃん…遠い目。


「思ってるわよね! 思ってるわよねぇ!」


ドタバタ音が聞こえてきた。どうも、取っ組み合いの喧嘩が始まった様だ。


「陽葵様! こうなったらもう泣き落としでいきましょう。馬鹿でも必死に縋ったら、悠馬様も流石に妥協してくれるかと…………たぶん」


「妥協? それに、たぶんって言った、いま、たぶんって!?」


「そのような事は言っておりません」


更にドタバタと取っ組み合いの喧嘩でもしている音が聞こえたが、しばらくして戸が開かれた。


「た、大変お待たせっ……ぐすっん……い、いたしましたわ」


戻ってきた陽葵ちゃんの顔は、泣いた後が見て取れて、目が赤くなっていて、ぐすんぐすんと鼻をすすっていた。泣かないでよ。


「ゆ、悠馬様、その…お願いです。一生のお願いです。わたくしと結婚してください。悠馬様が結婚してくれないと、残念令嬢のわたくしは変な中年の資産家と絶対に結婚させられてしまいます!」


「えっと、あの、同情を誘って結婚というのはどうかと思われますよ?」


流石に同情で結婚する人いないと思う。どうもこの二人は変というか、その馬鹿…


「お、お願いします! わたくしにはもう悠馬様しかいないのです!」


「えと……でも僕、彼女とかはもういるし……」


いきなり結婚なんて言われても、困る…恋人はもういるからそういうわけにはいかない…


「その通りです。陽葵様にはもう悠馬様しかいないのです。頭が悪くて未だに社交界のマナーが覚えられず、高校は落第しそうだし、ダンスパーティでは創作ダンスと揶揄される次第だし、もはや悠馬様一択なのです。そもそもお嬢様は一生家に引きこもって、ゲーム三昧をしようと企んで、それをお父様に見透かされて、急きょ婚約相手を探されていて…そんなどうしようもない陽葵様のスペックだと、ジジイの様な資産家に嫁ぐしかないのです。どうか、陽葵様 を助けるボランティアだと思って、結婚してください」


「…お断りします」


今の話を聞いて結婚する気になる男いるの? ヤバい子じゃん。


「そ、そこをなんとか! お願いします! そうだ、今なら有能な私も愛人としてついてきます!!」


「いや、何言ってるの? 愛人だなんて! おかしいよ!」


いや、ほんと、結婚のインセンティブが侍女の愛人だなんて、どんだけ常識がおかしいんだろう。この侍女……


「ちょっと、莉子? なんであなたが愛人になるのよ! あんなに早くわたくしから解放されたいって言っていたじゃないの! それなのに、それなのに、なんて事言うのよぉ 言うのよぉ!!」


陽葵さんは目が血走っていてハァハァ言っていて怖い…それに涙目になって侍女を睨む。そして、二人でまた喧嘩を始めた。


「だいたい莉子は日ごろからわたくしの事を馬鹿にいているけど、莉子だって、高校中退しそうな位残念だからわたくしの侍女しているのでしょう?」


これに莉子は、


「なんでそんなに人の古傷に塩を塗るのですか? 陽葵様なんて、ハマっていたアニメキャラの影響で、ケガしてるわけじゃないのに『眼帯』や『包帯』をつけて学校中でお笑いな癖に!」


「莉子ぉ! なんて事いうのぉよ! なんて事いうのぉよぉお!!!」


「だって、陽葵様の侍女をクビになったら、莉子、失業しちゃうじゃないですか! 陽葵様位残念な方以外の侍女なんて採用ないし! もう、悠馬様の愛人になって養ってもらうしかないじゃないですかぁ! ぐすん! え~ん!」


なんかめんどくさくなってきたけど、これ、こっそり部室から逃げてもバレないのではないだろうか?


僕はこっそり部室を出ていって、逃げた。

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