第六話:交差する墓標

 はははは、と底の抜けるような、溌剌とした快笑が夜天に轟く。


「拙劣なり! ただ刻を移しただけではないか、これが夜討とは笑止千万!」


 悍馬にまたがり大身の槍を脇に抱え、大鎧を鳴らしながら、第六軍の旗を追って饗庭宗忠は猛進する。

 林の枯れ枝や根を踏み鳴らし、地響きを立てながらその林の口に至った時、陣貝が鳴らされる。


「殿、後退の合図にござる」


 随従する供回りはそう告げたが、馬の速度が緩むことはない。代わりに、馬上の若武者の表情は上機嫌だったのがたちまち急転した。


 すぐそばの従者の耳に届くほどである。当然この武人の聴覚もそれを認識しただろうが、それを黙殺した。

 殿。再度制止と転身を求められる。


「……構わんっ!」

 猛将は一喝、いや恫喝した。


「留まれ止まれ戻れ自重せよ……いい加減聞き飽きたわ! それ以外の言葉を知らぬのか、あの御仁は! このようなことなら殿に強いて求めて宗流様の麾下に加わったほうがよほど動きやすかったわ!」


 ――なるほど、たしかにその気質は鐘山宗流に似ているし、向いている。

 まるで同じ鋳型で造られたかのようだ。


 敵方を前にして憚りなく感情を暴発させるところなど、特に。

 追われる信守は追手に対して皮肉な感情を抱きながら、馬足を速めた。

 道中で兵を散らした。あの猪武者には、おのれの牙が、武威が、武名が蜘蛛の子を踏みにじるがごとく第六軍を四散させたと思っているだろう。


 実際には、その行動は予定どおりで、追っているのは第六軍ではなく第五軍の一部でしかないとも知らず。

 敵の、方針の相違から生じるわずかな隙を突く形で距離を作った彼は、所定の位置までたどり着いた。


 草深も開けた場所。クヌギが生い茂り、その隙間より貴船我聞とその備が上社の御曹司、そしてそれを追う敵を待ち構えていた。


「首尾は如何か」

 我聞が問う。

「予定どおりだ。先頭を駆ける数騎を中心に、八方より撃ちかけよ」

「はぁ、されどこの夜闇です。いかに包囲して撃ったところで、当たるかどうか」

「当てる必要などない」


 信守がそう言った時、唖然と我聞は彼を見返した。


「当てるな、とは言っておらぬ」

 そう言い添えて、続ける。


「それでも精度の悪い物を今この場の技量で補えるものでもあるまい。悪しきものは悪しきものとして扱えば良い。ままならぬものを嘆くより、使えるように我から寄せることこそ人智というものであろう」

「……具体的には?」

「無知と、音」


 信守は短く答えを切った。

 説明している暇はない。すでに馬蹄は地を響かせるほどに接近しており、闇夜に大鎧の気配がちらつく。


 火蓋はすでに切られ、あとは信守らの指図を待つのみとなった。


 果たしてその斜線の交差点に、荒武者たちが自ずから飛び込んできた。

 信守は差配を黙して、なんの感慨も浮かべぬままに振り下ろした。


 射て。

 撃て。

 放て。

 我聞及び組頭の号令のもと、引き金が引かれる。


 煙と光と音が瞬く間に闇を侵す。

 順門武者たちが、彼らを乗せる馬が、転げ落ちる。

 

「敵は鉄砲の存在を知らぬ。よしんば知っていたとて、実戦に投入出来るとは考えておらぬ。よって奴らにとってはこの銃声は天地鳴動に等しい」


 次いで分けていた第二隊の射撃が入れ替わり彼らを襲う。

 我聞の予測通りに、実弾がそれほど命中しているわけではない。だがそのごく一部の弾が敵の騎兵を潰す。慣れぬ現象に驚く軍馬が、棹立ちとなって主人を振り落とす。


 鉄砲隊と入れ替わり、槍を短く持った伏兵が彼らを横合いから襲いかかる。そうなってもはや趨勢は決した。


 だが、饗庭を討ち漏らした。先ほどまでの威勢は何処へやら。夜中に獣に襲われたかのごとく、這々の体で鎧を引きずり、味方の骸を踏み分けながら逃げていく。


 信守は火縄の臭いを嗅ぎ分けて、傍らの足軽を冷ややかに見た。

 まだ少年と言って良いその小兵は、信守の視線に気づいて震えた。

 彼は火蓋を開きながらも、第一、第二いずれの一斉射撃にも加わっていなかった。


 信守は彼から銃把をもぎ取ると、代わりに自らが撃った。

 首の後ろに弾を受け、宗円肝煎りの猛将は、そこでドウと倒れて動かなくなった。

 その大首級目掛けて、歩兵が殺到する。追い討ちをかけていく。それを軍目付が功として書き記していく。


「……当たらぬものとご自分で仰っておきながら」

 憮然とぼやく我聞を無視して、信守は続けた。


「そしてこの銃声は味方にとっては合図だ。……第四軍が砦を落とす」

 我聞は表情を闇の中で曇らせたまま、言った。


「お父上には、何故言われませなんだ」

「言えば、却下された」

「……まぁ、それは」

「第六軍に先陣を預けて力攻めを繰り返せば、落ちたか?」

「犠牲を覚悟で有れば、いずれは」

「であれば、これが最良よ。最善とまで行かずともな」


 初陣を見事に飾った信守だったが、それ以上は、戦についても鹿信についても、そして己の心境についても言及することはなかった。

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