第四話:公弟、国へ還る
先帝の玉体は鎮護の意も兼ねてこの帝都北部の廟にて眠りについている。
もし将来内憂外患あれば、ふたたび蘇り、古今無双の采配を以てしてふたたび国土を安んじようと。
その麓に、帝と諸将百官は座を設けた。
そしてかの男は、懺悔告解するかのごとく、その中央にて手をつき、額を地に当てた。
二十後半といったところか。
その肉体は大きく、広く、かつ余計な脂肪というものがない。国事に奔走し、機能美のみを追求した絞り抜かれた無駄のなさである。
帝の許しを得て顔を上げると、物憂げなその眼には妖しげな力があった。やはり血統がそうさせるのか。鼻梁はすっと通り、気品を感じさせる。
美しい男だった。だがそれは信守がよく見られるような、華奢で繊細な美しさではない。
骨子の硬い、男性的な美しさだ。
強いて欠点を上げるとすれば、唇の肉の薄さが、怜悧な面をより引き立てているところか。
その唇から、強張った声音が押し出された。
「――すでにお聞き及びと存じますが、国元にて我が叔父、
滔々と仔細を語る。諸将の反応はまちまちである。明らかに順門府の変事と呼応した此永の動向をなじる者。それを御しきれず、出征の出鼻をくじいた康徒をこそ不実と面罵する者。帝の裁断を目で仰ぐ者。
康徒はそれに伏したままに耐え、そして帝は腰を上げた。
「――事情は分かった。なれば、是非もあるまい。されば国へ戻りて康永殿の身を救い、賊を討ち果たされるがよろしかろう」
だが、帝の反応は思いのほか穏当のものだった。同族として、一定の敬意をもって、その申し出を許した。
必ず激怒あるべし、と踏んでいた皆は近隣同士で顔を見合わせた。
「かっ……かたじけなく存じます!!」
康徒は喜色を浮かべて頭を下げた。
「もし手勢のみで心許なければ、我が留守居役の
康徒の手前に入る桃李府公、桜尾
風祭府公弟はその隣国の長に視線を合わせ、微笑み返した。
「ありがたき申し出なれど、我が身内の錆なれば、それをこそぎ落すのは風祭の役目にござる」
はっきりと突っぱねる康徒の瞳に、名状しがたい色が渦巻いているように、信守には見えた。
だがこの場にいる何者よりも卑小で若輩に何かを言えようはずもなく、ましてただ自分の直感だけで物言いができるはずもなく、風祭軍離脱の勅許は滞りなく下された。
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