第五話:夜襲失敗

 夜半、敵側より起こった喧騒が鹿信の士魂を揺さぶり、瞬く間に覚醒へと導いた。


「敵の夜討ちか」


 軍装はそのままに、竜の前立てのついた兜をかぶった老将は、陣屋を出るなりそう呟いた。

 だが、常であれば傍にて待機していようはずの、貴船我聞の姿はなかった。


 訝しんでいるところに、血相を変えた豪族らが視界に飛び込んできた。


「貴殿らは何をしておられるのか!?」

 そう問わねばならないのは鹿信の方であった。だが実際にぶつけてきたのは、狼狽しきった彼らの方であった。

 なぜ詰られねばならないのか。まったく見当もつかない鹿信の横合いから、別の、理性を保った声が聞こえてきた。


「ご子息信守殿、貴船我聞殿の隊を率い独断で砦を夜襲。万全の警戒を敷いていた宗善隊はこれを難なく撃退。南の林に敗走するかのその部隊を敵の一部が猛追中」

「思い切ったことをするのぅ」


 あとから続いて現れて苦笑をこぼしたのは、その主君たる佐古直成であった。

 そしてそれぞれの部隊を責任を取り持つ小領主らは、もはや怒りさえもどこかへ飛ばし遣って、如何すべきか。累をどう回避すべきかなどと喚き合って取り乱していた。


 彼らがそうする理由は把握した。把握と同時に、鹿信は自身の足下が大きく揺らいだかのように錯覚した。


「何を……なにをしておるのだ、彼奴らは!? 貴船我聞ともあろう者がついておりながらっ、愚息ひとりの暴走止められずしてなんとする!?」


 ぶつける相手のいない憤懣をあらんかぎり声にしながら、鹿信もまた動揺を隠しきれずにいた。

 だが、直成主従はことのほか、冷静であった。まるで、事が起こること自体を予期していたかのごとく。


「その、我聞からの置き文よ」

 整然と軍備を整える第四軍を後背に雍し、直成は一通の書簡を鹿信へと差し出した。

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