第五話:狂気合一
――すべては、この一瞬がためか。
宗円も直成も、そしてあえて逃がした綱房もそれに乗じて突入した宗善も。
ようやくにして、あの者らは信守の真意を知っただろう。
「そうだ……総てはこの一夜の大火がためだ。貴様らの化けの皮を剥がし、惨めに互いを殺し合わせるためだ」
敵に悟られぬよう塞外に避難していた信守は馬上、率いる禁軍第五六軍残存兵力の手前で、そう呟き、歯を剥いた。
「お、おいどうなってるんだ?」
「わからん……ただ『敵が来るゆえ砦を出ろ』とのみ」
「ただまたヘンテコなことを始めなさるんだなぁ、って」
「まぁなんでも良いだろう。ここまでなんだかんだ上手くいってたんだし」
とるものもとりあえず好き放題言っている将兵のうち、最前列のものが、
「しかし、これで我らの物資もすべて火中ぞ……賊どもの補給を待つのではなかったか?」
と不安げに零すのを拾い上げ、信守は顧みた。
「あぁすまぬ。あれは、まったくのデタラメだ」
そしてあっけらかんと打ち明けた。
唖然と見返す兵らであったが、美辞麗句で取り繕うよりもよっぽど誠実で、かつ自分たちらしい交流であろう。
我聞の咳きが聞こえた。
「……して、敵を誘引した地田卿は」
「さてな。今頃焼け死んでなければ良いが」
我ながら本気か諧謔か分からぬ調子で、信守はひっそりと呟いた。
「御仁がいささか以上に、哀れではございませぬか」
「では聞くが」
と信守はむしろ己が哀れっぽくなっているほどに肩を窄ませている我聞を視た。
「奴は、父の死に対し我が身に能う限りの償いをすると言ったが、あれは果たす気があったのか?」
「……それは」
「ないだろう。払う気のない負債を取り立てて何が悪い? 武人として、
「されど、それでは」
なおも表情を晴らすことのない宿老に、信守は眉根を寄せた。
「言わんとすることは、分かる」
と言った。
「あぁそうともさ。悪いかどうかと言えば、悪いに決まっている。俺は今、俺を見捨てた連中と同じことをしている。自身の勝利と業欲のため、地田綱房を切り捨てた」
「殿……」
「こんな……こんな笑えることがあるか……こんな滑稽な生き物がまたとあるか!」
肺腑が震える。唇が吊り上がり肩が前後左右に揺すられる。
近くの者はその乱れる言動に怯えて、遠くの者も、奇態に怖じる。
だがそれがゆえに、残兵たちの当惑はかえって
「して、これよりの方策はいかに」
その肝の太さゆえか。一同の静寂を破って真っ先に問うたのは、壬岡鹿持である。
信守は薄く笑みを繕い直し、抜き放った太刀で前方を示した。
その先に在るのは、闇へと、官軍へと続く坂道。そしてその中間に、緩められた包囲軍の気配を鼻先にて感じていた。
「ではなにか? 背後の火中に、活路があるとでも?」
再びどよめく将兵を、信守は顧みず問う。
「残念ながら、戻るべき道などない。拠るべき塁壁などない。もはや人事も天命も尽くし果てた。脇目も振らぬ前進あるのみよ」
幾人かが『騙された』とでも言いたげな貌をしているのが、背越しにも伝わる。
それらの怒りを軽く流しつつ、
「なに、どうせ奴らの指揮官は目下、炎と戯れている頃合いよ。蹴散らすのは容易い」
と伝えると、その刺々しい気配がやや和らいだ。
その単純さに、昏い悦びが満ちる。その浅はかさへの怒りが、足元から我が身を焦がす。
――凡そこの世に、正しきことなどなし。道理などなし。
――凡そこの世に、正気などなし。手前勝手な狂気のみが乱立する。
そして今宵、我と彼の狂気は混ぜ合わされて一体となりて、この地獄を演出するのだ。
その認識が、信守には狂おしいほど、
「さぁ――死にたくなくば、殺せ」
魔将は嗤う。嗤う面を、被る。
狂武士に率いられる死の物狂いたちは、狂奔の守備軍へと向かって突っ込んでいった。
引きつった各々の口元は、視る者によらば、さながら笑っているかのごときものであった。
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