第三話:鉄砲談義

 そして、十日が経過した。

 当初は三日と経たず片が付く、少なくとも南北の両陣は落とせるであろうという大方の予想を裏切り、また大方の者らの見立て通り、戦線は膠着していた。


 南においては、隘路に引き込まれた官軍は宗流の猛攻の前に逆に多くの被害を出して押し返された。

 当初匕首たりえるはずだった朧の中入り部隊も事前に察知した宗円の本隊に出鼻をくじかれ、甲斐なくして引き上げるはめとなった。


 では北の笹ヶ岳の戦況は如何かといえば、こちらも芳しくはなかった。

 その状況に、おそらく苛立っていたのは上社鹿信ではなかっただろうか。


 というのも、


「かか」

「かかれえええええぇっ!」


 ――これである。禁軍第六軍、地田綱房である。


 雄弁、もとい大言壮語をもってなる彼の熱意や忠心は、おそらく本物なのだろう。

 ゆえにこそ常に先陣を切る。当初打ち合わせた割り当ても軍法も頭の中から飛散させて。


 かと言って戦を知らぬ者の軍が単独で精強たり得るはずもなく、味方を押し退け、無用の混乱を引き起こしながら突出し、孤立した。

 華はないが、堅実な指揮をする宗善の好餌であった。

 空堀を這う地田勢には散々に矢を馳走され、転げ落ちた敗兵や骸は、図らずも後続兼その援護となった佐古、上社両軍にも要らぬ犠牲を出すことになった。


 叱責をした。

 だがその場ばかりは感謝も詫びも入れるものの、いざ再戦となるとまた同じことを繰り返す。

 そして、自分の失敗を棚上げして、そもそもの敗因は士気の低さにあると叱り返すことまであった。


 たしかに、この攻略軍において最も、かつ無駄にやる気があるのは第六軍である。

 と言うよりも、与力となった諸豪には、まるで本腰を入れる気などなかったのだ。


「はぁーあ、いつになったら帰れるのやら」

「国元はどうなっておろうのぅ」

「上社卿、我らはいつまで野陣でおらねばならんのですかな」


 長引けば損となるのは彼らとて同じであろうに、その中には我が終わらせんという気概は皆無であった。

 それどころか愚痴をこぼし、具足を勝手に脱ぐ有様である。


 まるで宿場の案内に不手際があったかのごとく、聞こえよがしに不平を放つ彼らの脇を苦り切った顔の鹿信は通り過ぎた。


「やぁ、朗報だぞ、鹿信殿」


 直成が、瑞石を伴ってその背に追いついた。


「第七の赤池水軍が夷改水軍を破ったそうだ。このまま大渡瀬あたりを直撃すれば、敵は南北の要所を捨てて御槍に撤退せざるを得まい」

「しかしながら、それは赤池殿の孤立を意味します。このまま足並みが揃わねばふたたび朧のごとき憂き目に遭いましょう」

「せめて儂も赤池殿に助力出来ておればのう。元は海の民ゆえ、多少船戦の心得があるものを……おいおい」


 心を重くした鹿信に、直成は苦笑を向けた。


「諧謔ぞ諧謔。其方が倅に申したことではないか。まったく父子よのう」

 直成はそう笑い飛ばしたが、そう言われてもやはりそう言った自覚は皆無であった。


「まぁそれはともかくとして、こちらも無理くりにでも埒を開けねばの。……そろそろ、アレを投入すべきやも知れぬな」

「テッポウ、ですか」


 荷駄に積まれたままのそれを、脇目で視る。

 これも帝の発案による軍事改革の一環であり、巨費を投じて海外より取り寄せられたそれは、禁軍にあまねく配備されている。


 だが鹿信自身は、その効果に懐疑的であった。

 たしかに、その飛距離と破壊力は矢の比ではない。だが弾丸の装填には時間がかかるうえに、天候にも左右される。手入れや組み立てにも多くの行程や専門的な技術や知識が必要となり、何より高価で、金食い虫、というのが率直な感想だ。

 これであれば、弓矢のほうが多く早く物の役に立つ。


「鹿信殿は、あまり良い顔はされんのう」

「……そういう直成様は?」

「儂か? けっこう気に入っとるが。発砲音を聞くと俄然猛る。でありながら、その音が傍にあれば、その殺意に心身が引き締まる。しゃんと頭が冴える」


 拳を作ってそう力説する直成は、自身の軍師へと振り向いた。


「さて、瑞石先生の考えは……瑞石? いかがした?」

 主に問われた書生は、沈思の世界からはっと息を呑みつつ帰ってきた。


「申し訳ありませんでした。先の話、少々気にかかることがありまして」

「先、というと赤池の勝報のことかね」

「そうですね……それに絡めて戦局全体のことも気にもかかり……うぐ」


 それを遮るように肩を揺すり、直成は快笑。


「まったく、身の丈に及ばぬところまで智を働かせんで良い。ひとまずは今現在の議に加われい」

 解放された瑞石は苦笑い。だがどことなく安堵の様子をうかがわせる。

 やや大雑把であるといえども、慎重に過ぎる軍師とは良い取り合わせであると、傍から見て鹿信は感じた。


「鉄砲ですか。良い武器ではありますが、有効に活用するにはもう少々数が要りましょう」

「……これ以上、増やすのか」

「現状においては、輸入に頼らざるをえず、その輸送費も込みでの値ゆえ。いずれ研究が進み、国内での量産体制が整えられれば、いま少し求めやすくはなるかと」

「なんじゃ、結局後々の話になってしまったではないか」


 直成はそう言って自身の上体を揺らした。


「ですので、今はその時が来るまで着実に財を貯め、一丁でも鉄砲を増やすことが肝要かと思われまする。千丁ほど持つことがあたうのであれば……戦の在り方そのものが、変わるやもしれませぬ」

「それまた悠長なハナシじゃのう。それに千丁など途方もない。国を買うほうがよっぽど楽ではないか。それこそ我が旧領」


 殿。瑞石が静かに、かつ言外に諫める。

 表情、口調ともに穏やかではあったものの、短刀を背に這わせるがごとき、静かな鋭さを秘めていた。

 直成は、少し笑みを引かせた。


「……すまぬ。いくらなんぼでも戯れが過ぎたわ」

「いえ」


 鹿信は聞かなかったことにした。

 でなければ、空気はより剣呑なものとなっていたことだろう。


「まぁあれよ。我らが知恵を絞って得られる術などせいぜいこの程度ではあるが……新しいものとは、若者に使わせたほうがより有用に扱えるやもしれんな」


 そう言って直成は視線を眼下に投げた。

 仕寄せの外には、二騎の武者の姿があった。

 ひとりには家臣貴船我聞。

 もうひとりは誰あろう、子息信守であった。


 我が子は近頃我聞を伴い、頻繁に偵察に出ていた。

 敵の斥候の首を討つなどということもせず。かといって何の情報をもたらすこともせず。


(いったい、何を考えておるものやら。あるいは怯懦でしかないのか)

 やはり我が子は地田綱房同様、浅知恵と口先だけの輩であったかと、彼の中で失望が肥大化しつつあった。

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