第二話:諧謔と忠臣

 ――かくして、言葉にせずとも不本意なる勅を受けた三人は、陣を出た。

 典種の足は速い。通り過ぎる禁軍の将らにも、背後を慕う実氏にも一瞥もくれず、自陣に戻っていった。


「怒らせてしまったかのう、儂の節介が原因で、無用の労苦をしょいこむことになってしまって」

「そのような狭量な方ではありますまい」


 落ち込む直成をそう励ましつつ、鹿信の目は厳しく陣の入り口そばを見つめていた。


「寧ろ、お前が悪い」


 待機していた信守は唐突にそう詰られ、父親を冷視した。


「真に受けるな、冗談だよ。愛想はともかく、せめて諧謔ぐらいは身につけろ」

「はっ、全身全霊をもってその研鑽を重ねます」


 まるでその肝も要もまるで掴んでいない愚直な返答に、鹿信は呆れかえる。

 いや、これ自体が彼なりの諧謔だとするならば、資質は感じられるというものだが。


「そういえば」

 苦笑して双肩をすくめる直成に、鹿信は半ば強引に話題を切り替えて振った。


「主上と何やら問題があったのですか?」

「……何故、そう思われる?」

「いえ、勅命を賜った際、何やら妙な間がありましたもので」


 白昼の光が禁軍の主従に降り注ぐ。直成の体躯から、黒い影を伸ばす。


「何もないさ」

 直成は答えた。

「ただ、この直成がそば近くにいることにわずらわしく、苦痛に思われた。そういうことであろうよ」


 どこが寂しげな口調で所見を述べる王族に、鹿信はなるほどと声にせず理解を示した。

 相手をよく知るがゆえ、知られているがゆえ、気安いがゆえに、その親密さがかえって年月とともに人生に打ち込まれた楔となる。公務にとっての障りとなる。威厳を損なう枷となる。

 さながら倦怠期を迎えた夫婦めおとのように。


 ――よく知るがゆえ、付き合いが長いゆえ。

 だが、自分たちは違う。鹿信と、信守は。

 付き合いが長くとも、鹿信には信守が理解できない。理解できないがゆえに、恐ろしい。その闇に踏み込むことも、その闇の中で倅が笑うことも。


 きちんと向き合い、真の親子になれる日が来るとすれば、それはきっと恐怖が喪失した日。

 それはおそらく……


「聞き捨てなりませんなっ!」


 そんな折であった。勇ましく声がしたのは。地を踏み鳴らす音がしたのは。そして禁軍第六軍、地田綱房が現れたのは。


「いかな直成様であろうとも、帝の御心を推し量ろうとするなどど」

 目元は涼やかさなど美男児としての部品はあるものの、いささか鼻が高すぎるきらいのある、中背の若武者である。

「そも、一天万乗の君にして人の頂たる方に、並び立つ方などこの世に御座らぬ! 直成様は今までの過ぎた優遇ゆえに嘆いておいでだろうが、むしろ正しい形と思いなさい!」

 父久房ひさふさはどちらかといえば近くにおいても声の届かぬ控えめな人物であったが、その子息は甲高い声で饒舌にまくし立てる。

「たとえどんな過酷な道であろうと、この綱房、天子様の一言一言を天意と心得、粉骨砕身の心意気をもって難局に当たる所存」

 そしてそんな己の長広舌に酔い、天を仰ぐ綱房の頬には一筋の涙さえ伝うほどであった。


「あぁ、悪かった悪かった」

 直成は雑に詫びて手を振り、憤懣遣る方ない様子で、大股かつ小走りに、綱房は去っていった。


「……まぁ、朧のごとく私欲に満ちた輩ではないのだが」

 みるみるうちに遠のいていく同僚に、直成はため息をこぼし、黙して従っていた瑞石もまた、人知れず頷いていた。


「されど、あの男も笹ヶ岳攻めに任ぜられましたな」

「我々同様に厄介払いかの?」


 軽妙な調子で問い返す王族に、上社親子は何も答えなかった。

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