第三章:初陣の銃火

第一話:望まぬ先陣

 かくして無双の精鋭を取り揃えた討伐軍は、順門の口を抜けて領内への侵攻を開始した。


 風祭軍抜けたとて、のべ八万余。

 対する鐘山軍は国中の兵をかき集め民を徴募し、ようやく三万に届くかといった様子であった。


 まず宗円は手勢を二つに分けた。

 宗善率いる七千五百が、北部の山砦笹ヶ岳ささがたけに詰めて堅守の構え。

 その南の街道筋には鐘山宗流が陣所を設け、正攻の様にて待ち受ける。それに同調するが如く、海賊衆が洋上に軍船を展開していた。


 そして後方には御槍おやりなる平城を本陣と定めた宗円自身が在り、総指揮の采を執る。


 朝廷としては南北いずれかを突破せねば大軍の利を活かすことができず、また鐘山方にすればどの方面を破られても勝ちの目は極薄となる。


 だが、陣中の大半を占めていたのは、楽観と嘲笑であった。


「一戦も交えずこちらを領内に入れてくれるとはな」

「しかもただでさえ少ない兵力を三分し、その上遊兵を作るとは」

「何が戦国の生き字引か、名君か」

「老人め耄碌しとるわ」


 その軽侮を嗜めようと鹿信が声をあげようとした。だがその時、軍装の人となった帝が低く一喝した。


「我らを領内に引き入れたのは平地での決戦を避けたがため。兵力を三分させたのは要所を固めるため。自身が遊軍を率いるのは南北を大きく迂回しようとするこちらの別働隊を防ぐためである。むろん兵書の理から鑑みれば不当この上ないが、只今の戦況においては妥当な方策である」


 鹿信は見えぬところで肯き、かつ一先ずは理性を呼び戻した天子のあり様に安堵した。

 そも帝は余計な気負いさえなければ十分に万乗の君たり得るのだ。


 さらに朧もまたそれに異論を挟まなかった。


「それゆえにまずこちらも、部隊を四つに分けます。笹ヶ岳方面。そして宗流方面。宗円方面。そして、亥改水軍の方面。四ヶ所を同時に攻め、敵の疲労を誘います。いかに敵に地の利があろうと、それぞれ三倍する兵力の攻勢に耐えうるはずもない。必ずやいずれかの方面に綻びが生じ、自ずと崩れましょう!」


 素面であれば、それなりの良識はあるらしい。

 多少鼻につく語り口であったものの、策それ自体は堅実にして、上等ならずとも常套である。無茶な奇策に奔られるよりよっぽど良い。


 これによって鹿信は朧月秀なる軍師を再評価……


「さて、この方策を鹿信卿はいかに思われる」


 と思った矢先に、これである。

 絡むような問いかけに、鹿信はうんざりとして問い返した。


「特に何も問題はないと思われるが、なぜそれがしにお尋ねを?」

「いやなに、歴戦の上社卿のこと。ご教示いただけるものかと」


 ことさらに、不自然なまでにこの場にいない信守の存在を強調しながら皮肉を言う。


「……別段不足などない。まず見事な方針であるかと」


 帝の不審げな視線に耐えながらそう答えると別に勝ち負けでもあるまいに、誇ったような嘲笑を浮かべる。


 酔いで済ませれば全ては円滑に収まったものを、なぜ我が子と言い、若い者たちは言動を選ばなければいけない場面で自制を利かせられないのか。

 そう思いつつも、老将は独り耐えて軍議の推移を見守っていた。


「されば、陣立てを発表いたします」


 そして月秀が立てたのは、やはりというか何というか。

 去就を決めかねていた海賊衆を攻撃するのは当然赤池の水軍たる禁軍第七。それはまだ順当だ。

 だが宗円への中入り部隊は、自分自身。都にも音に聴く猛者宗流へ当たるのは桃李府。そして堅牢な笹ヶ岳を攻める先陣は禁軍の第四、第五、第六軍となった。

 明らかに手柄は自身が独占。不快がらせた連中は死地に追いやろうという肚である。


 鹿信とて武人である。先陣の誉は本来であれば喜んで受けて立つが、それが恣意と謀略の道具とされるのであれば、面白かろうはずがない。


 それは隣席の直成も同様であったようだった。

 鹿信にだけ分かるように苦笑をこぼす。

 だが、定められた方針に異を唱えなかった以上、今更掌返しも出来ないというわけだ。

 おそらく先の問いかけはそうして退路を断つ意味合いも兼ねていたのだろう。


(そこまで算段ができるなら、敵相手に向けて欲しいもんだ)

 苦々しく思いながらも、鹿信は頭を垂れたまま承諾した。


「帝」


 直成が朧を飛び越え帝を呼ぶ。もしこの決定を覆せる者がいるとすれば、かの殿上人のみである。

 だが、帝は鹿信らの意を意図的にかどうかは知らないが、その救難要請を悟り得ないかのごとく無視した。

 まっすぐに視線を注ぐ直成から少し外したような角度に首を傾け、


「佐古、上社……存分に働くがよい」


 とのみ、端的に下命を言い渡す。

「……ははっ」

 ここに来ては直成も言いつのることはできず、骨太な半身を曲げて受諾するよりほかなかった。

 兄弟同然に育ったその両者に、その対話の余白に、わずかに緊張めいたものが奔ったのは、果たして己の杞憂に過ぎないのか。


 そんなことをふと考えながら、鹿信は陣より出た。

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