第二話:夜襲

 少数精鋭、と言えば聞こえは良い。

 だが実質は先に持ち場を離れた敗残兵の群れを、夜陰に乗じて無理くりに、元の死地へと押し戻すだけに他ならない。

 そしてこの小規模な軍事行動に、いったい何の意味を持つのか。


「これより我らは父、鹿信を救う」

 かつて饗庭を射殺した叢にて、自分にさえ言い聞かせるがごとくに表明したも、その響きは心の虚穴に谺するばかりではないか。

「馬に枚を含ませよ。草摺は括り、火縄はつけるな。敵のある程度まで敵をやり過ごしたら、一気に突破して砦入りする」


 そう説明しつつも、助攻のない突貫など望みは薄い。よしんば成功したとして、せっかく避難させた兵力の被害は如何ばかりか。

 そして薄々ながらそれを知るが故に、家臣らの動きは鈍重であった。

 そもそも自分自身が、この行動を無意味な愚行と断じている向きがある。


(父上に再びお目見えできたところで……何になるというのだ。そもそも私は、本当に)


 想いかけて、信守はおのが心身に怖気を覚えた。

 それは一瞬でも考えてはならないことだった。それが己の本心などとは、あってはならないことだった。


「行くぞ」

 そう言いかけた時、ポンと肩に掌が置かれた。

 顧みれば、にこにこと笑みを浮かべて、青年武将が立っている。


「信守様、良き夜にございますな」

 と、その男、器所実氏はそう制止をかけてきた。

 一体どこから、何故。

 理解が追いつくより先に、

(私に一番に話しかけたは、正解だな)

 などと認めた。


 もし雑兵などに迂闊に取次を求めれば、緊張のあまり先走って、あるいは敵の間者と思い違い、害を加えられていたやもしれぬ。


「このような宵に信守様初めとした勇者殿らとお会いできるとは、いやいや恐悦至極というもの。新月の闇に具足の擦れ合い閃く姿が、なんともまた……我が出で立ちのみすぼらしさを恥じるばかりです」

「見え透いた辞儀も、過度な謙譲もご無用に願おう……戦場に立つ士に出自など関わりあるものか」


 声を低めてそう答え、身を退き剥がす。だが、実氏は目を丸くして、しばしキョトンとした後、


「おぉ、実氏を対等の友と見てくださるか……信守様……いやさ信守殿がようやっと胸襟を開いてくれた」

(うかつに言った私が馬鹿だった)

 信守は、そのように感じ入ったがごとく両腕を広げた実氏を見、わずかにでも気遣ったことを後悔した。


「時が惜しい。何の用だ」

「なに、挨拶に参ったまで」

「挨拶?」


 眉を顰める信守に、居住まいを正し、声調を改めて実氏は言った。


「今宵、我らも夜討ちを仕掛ける、この場所より反対側で。ただ、当然それを警戒する敵勢の抵抗は激しいものとなりましょう。場合によっては、こちらの敵兵も回されるおそれもありますゆえ、一応お伝えしておこうかと」


 ――なんとも思わせぶりな、目くばせとともに。


「助勢はできぬのではなかったのか?」

「はてさて、何のことやら。たまたま日取りが重なっただけのことでございましょう」

「いえ――いえ! 忝し、器所殿! その御好意のみで、万の騎を得た心地にござる!」


 我聞が信守の前に進み出んばかりに謝意を示した。先にはさほど気乗りしていなかった将兵らも皆、粋なる実氏の計らいに、信守以上の尊崇を向けていた。

 それにやや照れくさそうにしながらも、目元は引きしめたままに信守に告げた。


「されど気をつけなされ。物見によらば、ここのところの砦方の動きに陰りが見えるとのこと。あるいは、すでに鹿信卿に何かしらの変事が生じている恐れこれありとの由。それでも、行かれると?」

「今更引き返すことも出来ぬ。そちらも……この先何が起こっても、恨むなよ」

「戦場で起こることに、恨みも何もありませぬよ」


 実氏はニッカと歯を見せて相好を崩し、拳を突き出してくる。

 相手がどういう反応と所作を求めているかは信守には判っていたが、あえて無視して肩透かしを食らわせてやる。


 確かに大いに励みとなった。残留する官軍の中では、自分の知るうちでもっとも目鼻も利き、誠心を持った若武者であることもまた、疑いようもなき事実だ。


(だが、それでも)

 顔をしかめながら信守は首を逸らす。

 建前を良しとしながらそれを嫌味と感じさせない、その如才無さが、信守にはどうにも好きになれなかった。

 であればどういう為人を好むのかと問い返されれば、返答には困るが。

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