第三話:予期せぬ刺客

 暗夜の路を、信守の部隊は行く。

 攻勢を仕掛けている桃李府の喚声を世俗の喧騒になぞらえば、音もなく縦列を成して山道を登っていく第五軍は、葬列かでなければ修験のため遍路を往く行者の群れだ。

 そして信守にとりては、思索の道程でもある。


(――おそらくは、父上や、実氏が正しい)

 和を以て同じよ。

 それに背いて独断に奔った結果がこれだ。諸将には横を向かれ、信を喪い策を思い描くも連携をさえままならぬ。あげく部下まで死途に供させんとして言には出ずとも憎まれつつある。

 逆に建前を押し出し現実と理想とを整合させてのけた実氏や直成などは、皆から気体と信望を寄せられつつある。

 結果は出ているではないか。彼らへの嫌悪は、それが能わぬ無能な己自身の嫌悪であり、浅ましき嫉妬だ。

 それを認めよ、上社信守。そして改めよ。

 それは士として恥ずべき思考だ。


(詫びよう)

 己が誤っていたと、父に。

 もし生きて再会したら、この悪しき心を入れ替え、共に手を携えて和同と妥協により人々と誼を通じ、まっとうな人間じんかんを送ろう、と。


 ――本当に、そうなのか。

 ――いや、それでも、なお。


「若!」

 我聞の声が降ってきたのはその刹那であった。

 気がつけば眼前、否頭上。

 黒い影が、自分に覆い被さらんとしていた。

 騎乗は避けていたことが災いした。そのまま襲撃者は全体重をかけて信守を押し倒し、匕首をその喉笛へと突き立てんとした。

 それを横合いより我聞が手槍で仕留めんとする。刺客はそれを避けた。体勢を崩したその間隙を突く形で信守はその胸元を捻り上げて投げ飛ばした。

 もつれ込んだその拍子に、袖をすり抜けた凶刃が信守の皮膚を裂いた。


「曲者めっ!」

 その奇襲に仕損じた刺客は、瞬く間に信守が馬廻りに取り押さえられた。

 次には誅されんとしていたところを、

「殺すな」

 と鋭く低く命じた。

 覆面にて顔を隠してはいるが、その眼に滾らせた殺意と、手に残るしなやかな感触、潮と甘いものが混ざった香りなどを五感にて得た瞬間にこの者の素性と動機は容易に知れた。

 正直に言えば浅慮きわまりなく逆恨みも良いところだが、偽善的な建前を押し出す他の連中よりかは、余程納得がいく。


「それと声を抑えろ、今はこのような者にかかずらっている場合ではなかろう」

 果たして信守が気を揉んだ通りに、この騒動は敵に悟られることとなった。

 すわやここにも敵勢か、と悟り得た兵が鳴子を打っては声をあげる。


「とにもかくにもここからは全速、真一文字に裏木戸より砦に入るぞ」

 信守はそう命じつつ、

「ただしその者は逃がすな……も、この跳ねっ返りの命が惜しくば黙ってついてこい」

 と言った。前者はともかく後者には意図を汲めぬ者が多い。ただし信守としても、彼らに向けて放った命令ではない。

 その奥、葉擦れの音の裏に蠢く影。それらを対象とした恫喝だった。


 そして信守の決死隊は、鐘山の追撃と、その襲撃と誤認した味方の矢に辟易しつつも、なんとか笹ヶ岳への再突入を成し遂げたのであった。

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