第七話:典種からの伝言
「……なるほどのぅ」
荒子瑞石が帰ってきた。ただし満身創痍の体で。全てが決まった後で。
本隊の防戦を受け持つ桜尾典種よりの命を帯びて、彼に保護されたかの軍師が帰陣してより間もなく設けられたこの場は、その後の対応を相図るための軍議である。
「まさか、赤池頼束が裏切るとはのぅ」
もっぱらこの場で口数が多いのは、佐古直成である。他の有象無象は皆、一様に青ざめてせわしなく左右を見合っている。
「おそらくは先頃星井宰相の言により処断された留守居役、大森殿が原因かと」
「……あぁ、あの証拠不十分にも関わらず賂の罪で詰腹切らされた哀れな者か」
「赤池卿は、連座させられたその妻の兄君に当たられます」
瑞石はそう語った。
その際には、赤池は処断の間際までは大森の擁護を続けていたが、ついに切腹となって後には何も表明せず、それ以降は沈黙した。
自らの保身のためか。あるいはその裁きが正当なものであったと認めたか。少なくとも帝を始め上役はそう考えたが、その裏ではしっかり怨みを溜め込んでいたというわけだ。そこを宗円につけ込まれたということか。
「そして知恵者ふたり、事が済んでよりあの老人の謀りごとに気付いたわけか」
「面目次第もございません」
「いや、信守や瑞石を咎めているわけではないわい。悟りもしえなんだ儂等はより愚か者よ」
厳密に言えば、信守の方は実際に事が起こる直前に悟り得た。だが、父たちが勇戦する第七軍の裏切りなどあるまいと一笑に付し、否定した。
もっとも、賛同したところで本隊に伝え、それを信じさせることなど出来ようはずもなかったのもまた確かだった。
「……しかし、月秀めも無体な真似をしてくれたものよ」
「聞き捨てなりませんな、忠死なされた朧殿の悪口など」
直成の嘆きに口を挟んだ地田綱房もまた、満身創痍である。苛烈な焙烙攻めから辛くも脱した彼ら南口の離脱者たちは、この笹ヶ岳に収容されたのだが、それを追って敵軍もまたこちらを囲みつつある。
「朧殿は、自身の責任を痛感し、その汚辱を雪ぐべく単身敵に斬り入り、武者と斬り結びて幾人かに手傷を負わせつつも、衆寡敵せず……武士として、お見事な最期でございました。それを嘲るがごとき言動など、お控えなされい!」
「……あぁ、そうかね」
いい加減、佐古の主従はこの男の頬を殴っても許されるのではないだろうか。
状況が状況ゆえに愛想を振りまく余裕もなく、かと言って悪意があるわけでもないので、直成は渋面を背けたのみである。
「ふっ」
信守の喉より代わりて呼気が漏れ出る。
責任を痛感? 汚辱を雪ぐ?
馬鹿が一人死んだところで、それで味方にとって何の挽回が出来たというのだ。
善後の策を練らず、後任に采配を譲らずでは、むしろ味方の指揮系統を悪戯に混乱させる、自己満足以外の何物ではないではないか。
「何が可笑しいか、信守」
意図せぬ信守の呼吸を、咎める者がいた。
父、鹿信。顧みるその眼差しは、我が子を視るそれではない。
「只今の状況に、何か愉快なところがあったか? 朧の死に、笑うべき点などあったか? あるいは己の案が当たって嬉しいか?」
「……いえ、決して笑ったわけでは……そう取られたのなら、申し訳ありません」
「やめいやめい」
直成はぞんざいに手を振った。
「鹿信卿、荒れる気持ちは分かるが、倅殿に当たってもどうにもなるまい。それより、この苦境を如何にして脱するかよ。して瑞石、典種殿はなんと?」
瑞石は静々と傅いた。
この場において直立しているのは、その伝使となったこの書生のみである。
「まずは殿には本陣まで引き返していただき、主上に撤退を進言していただきたく、と」
「お、おぉされば我らもご同道仕る!」
「我らとて元より順門府と敵するつもりなどなかったのじゃ」
「然り然り! 我ら今こそ意を一つに、陛下をお諫め申そうぞ!」
尻馬に乗るとはまさにこのこと。ここまで沈黙を守ってきた小領主どもが、堰を切るがごとくにまくし立てた。直成はやや迷惑そうに顔をしかめながらも、
「で、ここは何とする? 捨てるのか? 自落させるか?」
対する瑞石、今度は首を横に振った。
一動作ごとに言葉を止めるのが、いかにも分別ありげで信守には鼻についた。
「敵に奪い返されれば、その余勢を駈ってなだれ込みましょう。かと言って、砦を焼き捨てる暇はありません」
そしてさも物憂げに俯いた後、やがて意を決したかのごとく、大仰なほどに悲壮な面持ちで切り出した。
「どなたか然るべき方を守将に据え、敵の猛攻を耐え忍んでいただきたく。出来うれば、帝がご避難あそばされる、その間際まで」
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