第六話:雪残る順門

 順門府都、板形いたがた

 いまだ雪残る霊峰介照山かいしょうざんの麓にある城に、一族鐘山一族郎党が結集していた。


「……かくの如しである」


 鐘山宗流は、全府公中最年長たる老君は、そう前置きした。


「辞を尽くせども最早交渉の余地などなく、官軍はすでにこちらへ向けて進発したとのことだ。この上は皆、一戦覚悟すべし」


 与する諸氏に悲壮の顔はあれど、怖じた者はいない。

 元より戦国の最終盤まで藤丘に抗ってきた鐘山と順門の土豪である。世代は替われども、受けて立ってやるという気概は未だ健在であった。

 その急先鋒は、長子宗流である。


「ようし皆、これまでの鬱憤、百万凡愚の有象無象どもにぶつけてやろうではないか!」


 鼓舞とも扇動とも取れる大音声を評定の間に響き渡らせ、武士たちの賛同を買っていた。


 だが一方で、その流れを危ぶみ、嘆く一派の存在もあった。

 次子宗善そうぜんら、文治派の閥である。


「なんという……なんということをしてくれたのだ、兄上」


 場が場であれば、次子は憚ることなく頭を抱えていたことだろう。

 だが一応は公子という立場を保ち、ただでさえ白い顔からさらに血の気を抜きながらも最低限の平静を保っていた。


「無断で都を離れてしまっては、証があろうとなかろうと、我らは逆賊ではないか。何故留まり、我らの潔白を訴えなかった」

「おいおい、そうは言うが仕掛けてきたのは向こうだぞ? 今にして思えば広政とて真に左遷目的で送り込んだかさえ怪しいものよ。それとも何か? 俺にあのまま死んでおれとでも思ったのか?」


 兄の冗談にも宗善は答えず、冷たく睨み返すばかりだ。本当にそうすべきであったと言いたげである。


「お前」


 宗流は目を細めて笑った。笑いながら、次の瞬間には弟であろうと斬りかねない狂気を孕んでいた。


「双方やめよ」

 宗円はひび割れた声音で低く命じた。

「すでに戦は避けられぬ。今さら身内で争って何とする」

 両陣営はその鶴声をもって、引き下がった。


「ここで我が意を明らかとしておく。国を挙げての徹底抗戦は儂としても本意ではない。まずは出鼻をくじき、しかる後に和平と独立を。それが当座の目的である」

「ぬるいッ」


 一度は引き下がった宗流が、勢いを取り戻してふたたび屹立した。


「親父殿であれば、あのような帝、あのようなくに! 勝勢を駆って直撃できようっ!? さすれば様子見を決め込む馬鹿どもも旗幟をひるがえし、世はふたたび戦国と、親父殿の独壇場と」

「黙れ。戦しか知らぬ者が、戦国あんなものを容易に語るな」


 宗円は語気を荒げながらも、己を殺して静かに恫喝した。


「そのための策は、幡豆はず由有よしありに命じて敷いておる」


 叱られた愛玩犬のごとくしぼんだ宗流は、みずからの副官たる、盤龍宮ばんりゅうぐう四ノ宮の管理者を見た。

 若き才人はその知識を誇ることなく、苦笑し、委縮したふうを見せるが、手持ちの高速船をもって敵の領内に踊り込み、宗流を都から脱するのに一役買った勇者でもある。


「あとは各々の武働き次第である。諸将、軍法に従い戦支度を」


 それ以上は異を唱える者もなく、またいようはずもなく、皆それぞれの運命をこの戦国の生き字引に委ねることに一決した。

 諸臣去り、宗流もまた意気揚々と由有を引っ提げるようにして戦の準備に向かった。

 だが宗善のみが、その場に留まった。


「本当に、これしか道はなかったのですか。父上」

 念押しをするように、次子は尋ねた。

「ない」

 実際にはどうであれ、宗円は断言した。


「広政の横暴を耐えたとて、いずれ民は暴発した。朝廷の圧迫をやり過ごしたとて、いずれは理由をつけて取り潰されていたか、無理にでも戦の端は開かれていたであろう。であれば、まだこちらの制御の利くときに動くよりほか、なかったのだ。わかってくれ」


「動くよりほかになかった、ですか」

 宗善は父を見返した。宮廷の官女を母に持つその眼差しは、冷たく父を父とも思わぬようでさえあった。


「その割に、ずいぶん手際が良うございましたな」


 いや、あるいは己の眼かもしれぬと宗円は想った。

 やるべきことのためであれば父であろうと国であろうと噛みつく、反骨の、鐘山の性。宗流にも受け継がれている気質。……そんな論法を、おのれは朝廷の臣なりという自負の強い宗善自身は嫌うであろうが。


 宗円は開かれた障子の向こう側に、借景たる介照山を見た。

 雪化粧を薄く施したその山には、かつて不老不死の尼だか仙女だかがいたという。

 宗円は老境に至るまでこのかた、目撃した試しはないが、あるいは実在するかも知れぬという神気をまとっていて、その鉱脈は尽きるということを知らない。


 他のものにしてもそうだ。

 豊かな穀倉。恵まれた天候、自然。

 囲い込んんでもそれだけで人の営みは成立する。


 だが、仙女は降りてこない。そも、この世には元より存在せぬか。世を平らかに導く者の不在に呆れ果てて去っていったか。

 その神仙の不在を突いて、朝廷はこの豊かな国を奪わんと、あるいは功名欲しさに焼き払わんとしている。


 結局人の業は人の業のみでしか拭えぬ。仮にこれが天意だとするならば、人智をもってそれを凌いで見せよう。宗円はそう考えて断を下した。


「すべては、この国を守るためだ」


 だが実際には多くを語らない。語ればそれは詭弁となる。

 その意が通じたかどうかではないが、宗善は粛々首を垂れるのみであった。

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